合唱音源デジタル化プロジェクト 山古堂

早稲田大学グリークラブOBメンバーズ<特別編集> 真性合唱ストーカーによる合唱音源デジタル化プロジェクト。


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第4回 東西四連のレコード欠番を埋める-2

前回記したとおり、オープンリールのみで音が残されている演奏会の中で、第17回(昭和43年/1968)と第18回(昭和44年/1969)回はオープンリールによってエール交換から合同演奏まで全ステージの録音(但し第18回の慶應ステージに大きなノイズあり)が残されている。
これは恐らく東西四連の各団にコピーが配布されている。

実は2年ほど前、故・福永陽一郎氏の奥様、福永暁子様(通称ママさん)を訪ねた際、故・福永氏の所蔵レコードの中に同志社グリーのカスタムレコードがあって、それは第17回四連の同志社単独演奏「合唱のためのコンポジション3」と第18回四連の同志社単独演奏「四つの仕事歌」をレコードにしたものだった。
・・・・参りました、というか何というか(笑)

<第17回 東西四大学合唱演奏会>
1968/06/23 大阪フェスティバルホール

第17回東西四連パンフ表紙

オープンリールに遺されたプライベート録音ゆえ、開演前の客席のざわつきや、エール交換に先立つアナウンスで早稲田が当初の石丸寛指揮「ロシア民謡集」からシューベルト「ドイツミサ」へと変更して客席がざわめくところ、更には緞帳を上げるモーター音まであますところなく収録されている。
もちろん音質はあまり宜しくないので、イコライジングで調整をしたが、
とにかくテープの劣化が激しく、オープンリールのヘッド位置やテープスピード調整のために再生すると、磁性体が剥がれて茶色い粉が飛び散るという惨状を呈した。
そのため、まずDATに落とし込むことを先決として凄愴の気合で一気に作業を進めたため、それだけで徹夜作業となってしまった。

1.エール交換(慶應・同志社・早稲田・関学)

同志社がかなりゆっくりしたテンポで、四分音符=90前後で始まる。
このテンポだとマーチではなく荘重さを醸し出すので、同志社OBの中にはこの演奏を好まれる方もおられるらしい。

2.慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団

「メンデルスゾーン男声合唱曲集」
1)Der frohe Wandersmann
2)Abendstaendchen
3)Trinklied
4)Abschiedstafel

作曲:J.L. Felix Mendelssohn
指揮:木下 保

メンデルスゾーンの数ある男声合唱曲集からアラカルトで選曲したように見えるが、これら4曲には「四つの男声合唱曲 Vier Lieder op.75」という正式名称がある。
1960年からの木下-畑中ラインによる指導が実効を顕し、このステージでロマン派合唱曲としての成功を収めると共に、発声の面でも他団とは違う響きを備えた「ワグネル・トーン」が明確に聴かれるようになっていて、山古堂主人としては、10回台の東西四連の中では屈指の演奏と評している。

いわゆるメンデルスゾーン男声合唱作品集からのプログラムは、長い東西四連の歴史の中でも何とこの慶応ワグネルのステージのみである。やはり早口のドイツ語な上に詩の量が非常に多いからだろうか(笑)

3.同志社グリークラブ

「合唱のためのコンポジション3」
1)艫
2)羯皷
3)引き念仏

作曲:間宮 芳生
指揮:福永 陽一郎

「コンポ3」のステージで20分というのは、他に例がないのではないか。実は3曲目に細工があって、「シャカシャン~」がリピートされ、しかもリピートでのテンポが1.5倍くらいに上げられていたりするのだが、それはともかく「羯皷」で9分近いという全体的にゆっくりとしたテンポ運びによって、楽譜に書かれた装飾トリルを全て丁寧に奏し、また、張りのある同志社特有の声によって、日本の土着歌謡そのものの再現を狙った演奏でもなく、かといって西洋技法で楽譜に落とし込まれた日本民謡をユニバーサル・スタンダードとして演奏したのでもない、一種不思議な音場を舞台に形成している。
誤解を恐れずに言えば、「コンポ3」を解剖学的に丸裸にしたような印象さえ受ける。

4.早稲田大学グリークラブ

「DEUTSCHE MESSE D872」
1)Zum Eingang
2)Zum Gloria
3)Zum Credo
4)Zum Offertorium
5)Zum Sanctus
6)Nach der Wandlung
7)Zum Agnus Dei
8)Schlussgesang

作曲:Franz Schubert
指揮:濱田 徳昭(のりてる)

第5曲「Zum Sanctus」は、それこそ戦前から男声合唱愛唱曲であった「Heilig」である。なお、念のために記すが、混声版と男声版では6曲目「Nach der Wandlung」が異なる曲であり、それ以外は調性が違うが旋律は同じである。

第17回東西四連は二日公演だったが、京都会館第一会館で開かれた第一日目では「最初の音取りを間違えてボロボロだった」と当時のOB。

この1968年は、早稲田グリーにとって大きな方針転換の年であった。
方針転換の内容は大きく下記の3点がある。

1)常任指揮者として濱田徳昭氏を迎えたこと
2) 16年もの永きにわたりヴォイストレーナーをしてこられた城須美子氏をこの年度で解任したこと
3) 演奏表現技術にを磨くため、「レクチャラー」として多田武彦氏を招いたこと(その結果として同年の定演で「北斗の海」を委嘱初演している)

方針転換した背景は、当時のOBの言によれば「演奏レベルがどん底で、何とか建て直したかった」とのことであるが、改革を望む当時の指導学年の気質も、決して無視出来ない要素である。

上記3点のうち、特に1)について詳説すると、
早稲田グリーは昭和21年にOBの磯部俶氏/昭和17(1942)卒を常任指揮者とした他、原則として常任指揮者を据えずに学生主体の練習体制を敷いてきた。
確かに一時期指導者として石井歓氏を招聘し、その紹介という形で石丸寛氏や荒谷俊治氏が指揮台に立ったことはあるが、常任という位置付けでは無かった。
その常任指揮者として濱田徳昭氏を迎えたのは、実質的にこの1968年のことである。
同年の第17回東西四連や第16回定期演奏会では「客演」の形を取ってはいるが、実はこの客演受諾に際して濱田氏の出した条件が、濱田氏を「常任指揮者」に据える事であった。つまりある一定の期間、同一の指導者に同一のメソッドで指導されなければ、指導の結果としての演奏効果が出ない、という信条に基づいての条件である。
このことについては「学生の主体性を重視」という早稲田グリーの路線に反することから、白熱した議論があったということである。
この後、濱田氏は1972年度半ばまで常任指揮者を務めるのである。

演奏の内容は、やはりまだミサを歌うコツが掴みきれていないところではあるが、健闘と言えよう。

5.関西学院グリークラブ

男声合唱組曲「蛙」
1)いぼ
2)青イ花
3)河童と蛙
4)蛇祭り行進
5)おれも眠らう
6)祈りの歌

作詩:草野 心平
作曲:堀 悦子
指揮:北村 協一
Pf:伊奈 和子

この作品の作曲年は現時点で未詳だが、堀悦子氏が1943年生なので、当該年度の委嘱作品としても堀氏25歳の作品。
演奏される頻度があまり高くないのだが、堀氏の打楽器を想起させるリズムとややブルース調の旋律によって、独特の世界が形成される。
演奏する関西学院は、どこをどう切っても関西学院の演奏、という一言に尽きる。
この曲の数少ない演奏録音の中では、ダントツである。

6.合同演奏

「阿波祈祷文」
作詩:野上 彰
作曲:清水 脩
指揮:北村 協一
「黙示」
作詩:木原 孝一
作曲:清水 脩
指揮:北村 協一

ヴェトナムや中近東での戦争、というものが暗い影を落とし、60年安保闘争から学園紛争、安田講堂陥落(1969/01/18)という激動の時代を実体験として過ごした学生による、反戦・平和へのメッセージ・ソングである。
2004年現在、世界の情勢はどうであろうか。

まだこの2作品が出来て間もない時期に取り上げられたようである。その後多くの合唱団に取り上げられ、合唱コンクール全国大会でも、確か1970年代初頭に関東学院大学グリークラブが「阿波祈祷文」で金賞を受賞している。

時代背景や詩のメッセージ性から、畑中良輔氏が慶応ワグネルの単独ステージで取り上げようとしたこの2作品、合同演奏指揮者に指名された北村協一氏が畑中氏に談判して合同の演目とした由が、演奏会パンフに記されている。


<第18回 東西四大学合唱演奏会>
1969/06/22 東京文化会館大ホール


第18回東西四連パンフ表紙

この年のパンフ表紙は、どう見ても「第16回」としか見えないデザイン文字だが、これでれっきとした第18回東西四連パンフの表紙である。

1.エール交換(関学・同志社・慶應・早稲田)


2.関西学院グリークラブ

男声合唱組曲「雨」
1)雨の来る前(伊藤 整)
2)武蔵野の雨(大木 惇夫)
3)雨の日の遊動円木(大木 惇夫)
4)十一月にふる雨(堀口 大学)
5)雨の日に見る(大木 惇夫)
6)雨(八木 重吉)

作曲:多田 武彦
指揮:北村協一

この演奏会の関西学院「雨」は、多田武彦氏が完璧と賞賛したものであり、同年8月20日に豊中市民会館で収録され、ビクターより市販された。 
この録音を現代に聴いてどう評価するかは個人の基準に依るだろうが、途中の音取りを行わずに演奏を続け、聴きあいながら巧みに音程の振れを吸収する感覚や、言葉のさばき方は瞠目に値する。

3.早稲田大学グリークラブ

「コダーイ合唱曲集」 (邦訳による)
1)ひとりもの
2)孔雀
3)酒の唄
4)兵士の歌

作曲:Kodaly Zoltan
訳詩:清水 脩
指揮:濱田 徳昭

邦訳によるコダーイは、これを最後に演奏の機会が皆無となる。
1950年代までによく演奏された欧州合唱曲の日本語版歌唱も、徐々にその役目を終え、慶應義塾をリーダーとする原語でのアプローチが普遍化して行くのである。
演奏自体は発声のバラつきもやや目立ちつつあり、荒っぽいが、終曲などではトランペットや小太鼓と合わせるから、かえって効果的だったりする。

4.同志社グリークラブ

男声合唱のための「四つの仕事唄」
1)囃し田 ~広島県民謡
2)石切唄 ~小豆島民謡
3)胴搗き ~Text:小山清茂
4)酒屋唄 ~岩手県民謡

作曲:小山清茂
指揮:日下部吉彦

この年の同志社には驚異的なテナーソリストが数名在籍している。柔らかい語り口/鋭い掛け声など、まさにタレントの使い分けが可能な上に、合唱団の機能としても2度・4度といった日本民謡に多用される和声をきちんと鳴らし、フレージングやリズムも良くさばけていて、非常に優れた演奏である。
山古堂主人としては、この演奏は10回台の東西四連でも屈指の演奏と評価しており、現代ではこのような演奏を聴くことは、もはや不可能かも知れないとすら考えている。

指揮の日下部吉彦氏は1952年卒の同志社グリーOBで、音楽評論家である他にも合唱連盟の重役や司会・執筆等でも著名である。

5.慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団

「MISSA MATER PATRIS」
1)KYRIE
2)GLORIA
3)CREDO
4)SANCTUS
5)BENEDICTUS
6)AGNUS DEI
作曲:Josquin Des Prez
編曲:皆川 達夫
指揮:木下 保

このオープンリールでは1曲目を除くほぼ全編にわたってノイズがある。
これは当時の録音機材の不良(どこかのコネクタの結線不良化かマイクの故障か)起因するノイズと推測される。
発声的には優れたものがあって、特に低声系が良く仕上がっている。声に自信が出てきたこともあってか、八分音符などでやや弾み過ぎる場合もあり、例えそれが木下先生の指示によるものとしても、ジョスカンのミサとして考えると、元気が良過ぎるかも知れない。が、それはそれとして一種の爽快さすら感じる。

6.合同演奏

「Messe Solennelle」より
1)Kyrie
2)Credo
3)Agnus Dei
作曲:Albert Duhaupas
指揮:濱田 徳昭

やはり慶応の発声レベルが高いことが誘因か、各団の競争意識が裏目に出たようにも感じられる演奏である。他方、もはや「デュオパのミサ」を余裕で歌えてしまうレベルになった。とも言えようか。

山古堂主人も卒団して15年を越えているが、合同演奏のクオリティを上げよう、という第10回東西四連の心意気を最近になって知り、現役時代に合同演奏で隣と張り合うことに疑問を抱かなかった自分自身に赤面の至りである。
そういう意味では第52回東西四連(2003)の合同演奏「バーバーショップの世界」などは変に肩肘を張らず、舞台上の全メンバーが一体となって聴衆をエンタテイメントの世界に誘ったということで、まさに正しい道だったと言えよう(ただ、毎回合同でエンタテをやられるとしたら、それはそれで違うように思うけどね)。
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