合唱音源デジタル化プロジェクト 山古堂

早稲田大学グリークラブOBメンバーズ<特別編集> 真性合唱ストーカーによる合唱音源デジタル化プロジェクト。


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第3回 東西四連のレコード欠番を埋める-1

レコードというのは、普通は1枚しか作らないはずはなくて、制作されたからにはそれなりの枚数がプレスされ、そのうち少なからぬ枚数が残存していて(「魚がたくさん卵を産む理由」みたいですな)、場合によっては同じ演奏会のレコードでもより良い状態のものを選ぶことが出来る。
ところがオープンリールとなるとそうは行かない。つまりオリジナルは1本しかなくて、その管理が属人的だから、保管者が紛失しちまえば/ボロボロにしちまえば、それで一巻の終わり。レコードを制作せずにオープンリールだけがある演奏会は、幹事校が全て持っているか、単独ステージは各校に配ってしまったかで、その保管者がいったい誰でどうしているか、早稲田グリーの演奏分だけでも行方不明が続出なのに、まして他校の演奏なんか調べようもない。

東西四連でライブレコードが制作されていないと判明しているのは、第1~9回、第11~12回、第15回、第17~18回であり、東西四連の全録音網羅を標榜するには、これらの録音がオープンリールテープなどのプライベート録音でどこまで埋められるか、ということになる。

先に結論を記せば、第1~9回と第11回が完全に欠落、第12回が早稲田単独ステージ、第15回が同志社単独ステージが残されており、それ以外の回はオープンリールによってほぼ全容が判明する。

第1回(昭和27年/1952)~第9回(昭和35年/1960) = なし
当時のステージマネージャー等に話を聞いたところ「録音はしていない」とのことであった。
残念ながら絶望である。



第10回(昭和36年/1961)
レコード/オープンリールともデジタル化完了。

第11回(昭和37年/1962) = 未発見
この第11回は、山古堂の探索の網に全くかかってこない。早稲田グリーOBに伺ったところ「録音したかどうかちょっと記憶にない」ということなので、もしかしたら録音されていない可能性もある。
あるいは録音されているとすれば、関西での開催だったから、関西学院か同志社のいずれかが幹事校だったので、この2校のいずれかの関係者によって保管ないし所有されていたはずであり、もしかしたら関西学院なり同志社なりのOB会で進行中の音源デジタル化プロジェクトによって日の目を見るかも知れない。

・・・すいません、東西四連に限らず、連盟モノの音源探索は横の連携が取れておらず、各校バラバラなのです。
連携をお願いしても、みんなそっけない(笑)

第12回(昭和38年/1963) = 早稲田のみ発掘完了
この第12回以降の東西四連についてはオープンリールによる録音が存在するようで、少なくともそれぞれの単独ステージ分は各団に配布された可能性が高い。
早稲田大学グリークラブ事務所にて保管されていたオープンリールテープを調査したところ、第12回の早稲田単独ステージが発掘されたので、これのデジタル化は完了している。

第13回(昭和39年/1964)、第14回(昭和40年/1965) = 完了(ダイジェスト)
ダイジェストながらレコードが制作されており、デジタル化完了。

第15回(昭和41年/1966) = 同志社のみ発掘完了
この第15回も山古堂の探索の網に全くかかってこなかった。
唯一、同志社グリー単独ステージについては、同志社OBによってデジタル化されている。

第16回(昭和42年/1967) = 完了(ダイジェスト)
ダイジェストながらレコードが制作されており、デジタル化完了。

第17回(昭和43年/1968)、第18回(昭和44年/1969) = 完了
レコードは制作されていないが、エール交換から合同演奏まで全ステージ(但し第18回の慶應ステージに大きなノイズあり)が早稲田大学グリークラブ事務所にて保管されていたので、デジタル化による復刻を行う事が出来た。
  
第19回(昭和45年/1970)
この年以降は毎年レコードが制作されている。

以下、第12回と第15回について解説します。敬称略。


<第12回東西四大学合唱演奏会より>
昭和38年(1963)/06/23 東京文化会館大ホール
早稲田大学グリークラブ所蔵のオープンリールテープによる/モノラル

早稲田大学グリークラブ

 「シューマン男声合唱曲集」より
1)Der traeumende See
2)Die Minnesaenger
3)Die Lotosblume
4)Lasst Lautenspiel und Becherklang
5)Der Eidgenossen Nachtwache
6)Freiheitslied

作曲:Robert Schumann
指揮:三石精一

早稲田大学グリークラブ事務所には100巻に近いオープンリールテープがあるのだが、この第12回東西四連については、残念ながら早稲田以外の録音は無かった。
録音はモノラルだが、押入れの奥、直射日光の絶対に当たらない冷暗所(?)に放置され、誰も触れることもなかったからか、奇跡的に良い状態を保っている。
デジタル化に際して、経年劣化は生じているので、160Hzと3.15KHzを中心としてイコライジング処理を行った。

シューマンの作品が東西四連で演奏されたことは、第9回以前であれば愛唱曲として単品が演奏されたことはあろうが、第10回以降のひとステージまるまるシューマン・プログラムということでは、この早稲田のステージのほか、わずかに慶応ワグネルが3回のみ(第14回、第21回、第29回)で、それも全て「狩の歌/Jagdlieder」である。

演奏は思いのほか清楚(笑)で、縦横を揃え、変に掘っていない低声系に素直に伸びる高声系が乗り、母音も綺麗の揃えているが、その中にも早稲田らしい鳴りもあり、好演と言って良い。恐らく120名程で歌っているはず。
この端整な演奏スタイルは、この翌年の早稲田グリー第12回定期演奏会で頂点を極める。
その演奏会は178名という、コール・フリューゲルとの分裂以降で最大の人数であり、小倉朗作曲「東北地方の民謡による<七つの無伴奏男声合唱曲>」初演を含む演奏自体も、大変素晴らしいものである。

1960年代の男声合唱は、全般的に変にパート毎の音色を造り込んでおらず、従って各パートの音色に類似性があり、芯があって立ち上がりが速い、という特性を持つ。
すなわち速いパッセージでも低声系が遅れることなく、また正確なピッチで歌う限り、1980年代以降よりずっときらびやかな倍音が鳴る。
低声系がいわゆる「掘った声」「土管ベース」になったのは、東西四連の録音を聴く限り、1970年台後半の関西学院が発祥のようで、それを誤った形(いずれ解説します)で真似た団体が一様に、しかも全国的に「掘った声」になったようである。その影響は1980~1990年代のほぼ20年にわたる。

指揮の三石精一氏は、東京芸術大学指揮科卒業で、プロ指揮者デビューが昭和31年(1956)ということなので、当時は脂の乗り始めた中堅、という頃であろうか。ロマン派合唱曲に正面から取り組み、変に溜めのないなかなか素敵な解釈を聴かせている。


<第15回東西四大学合唱演奏会より>
昭和41年(1966)/06/11 大阪フェスティバルホール


第15回東西四連パンフ表紙

同志社グリークラブOB制作の音源による・オープンリールテープからの復刻/
モノラル
同志社グリークラブ

 男声合唱組曲「月光とピエロ」
1)月夜
2)秋のピエロ
3)ピエロ
4)ピエロの嘆き
5)月光とピエロとピエレットの唐草模様

作詩:堀口 大學
作曲:清水 脩
指揮:福永 陽一郎

昨今のパソコンとCD-RWの普及によって、還暦迎えるOB世代が各団それぞれに、自身が現役であった1960年代当時の音源をCD化している。
しかしながら、これらは全くのプライヴェート盤で一部関係者のみにしか流通せず、表面には出てこない。
ここに収録した第15回東西四連の同志社ステージについても、同志社1969年卒の藤田和久氏が中心となって作成した1965-72年の演奏記録CDに収録されていたプライベートもので、やはり一部の関係者のみに流通したものである。
この音源も、オープンリールからの復刻となっている。
(なお、この復刻音源ではテープデッキ録音/再生速度で互換性の問題があったようであり、音程が半音ほど高かったので、再生速度を2.4%落とし、原調に修正。)

「月光とピエロ」が日本初の合唱組曲であり、それが音楽としていきなりこれほどシンプルで高い完成度を持っていることが、その後何人の作曲家や指揮者、そして歌い手達を悩ませてきたのか、と思う。
どの指揮者・どの団の、いつの演奏が良い、という「決定版」の話題においても、この作品の決定版となると、いわゆる「度肝を抜く演奏」というのが存在しないのである。
多少なりとも詳しい者であれば、「第30回四連の関西学院」「第38回四連の同志社」「いや、第33回東京六連の早稲田」などといった演奏が挙がってくるが、じゃあそれは決定版か? となると、やはり個人の「お気に入り」という範囲を超えない。
ここに収録したのは、当時40歳2ヶ月、バリバリ(笑)の福永陽一郎氏が、満を持して、これも当時黄金期の同志社を率いての「月ピエ」である。
常に他人と違う視点で、そしてその時代に流行している奏法と関係なく、より詩や音の核心を突かんとする福永氏のこの演奏、そしてそれに充分応えている黄金期の同志社。
「決定版」という議論に加わってしかるべきか、否か。
 
以下、やや脱線気味の私見ながら;
確かにこの福永&同志社の「月ピエ」には、世間一般の「月ピエ」とは異なった耳慣れない奏法やテンポ設定がある。
フレーズによっては予想だにしない荒々しさも見せる。
それすなわち、客観的に和音のタテヨコを合わせればそれで良し、という水準を超えているのである。

合唱、特に大学男声合唱で歌った経験のある諸兄、

1)
表現の限界を超えた、ほとんど聞き取れないピアニシモ
(ピアニシモを奏する行為自体に歌手聴衆とも神経が行ってしまう)

2)
小節線を越える時(4拍子なら4拍目)に重くなったり、終端にいちいちルバートをかけてダラダラと伸びきったフレーズ
(楽曲が複数のフレーズで構成されているから間延びも甚だしい)

3)
1(ドミソ)・4(ドファラ)・5(シレソ)の3和音の純化・安定化という断片ばかり指摘して練習する
(フレージングや楽曲構成を誰も把握出来ずに本番を迎える)

なんてぇ落とし穴にハマった経験はありませんか?
  
そんな断片的な仕込みばかりに時間をかけた演奏が舞台で展開されることの何と多いことか。
そんな演奏に飽き飽きしているからこそ、しっかりした主張の織り込まれたこの福永&同志社の「月ピエ」が山古堂主人として現時点での「決定版」なのである。(山古堂主人が福永陽一郎氏に多大な影響を受けていることがバレますね。)
そういう意味では、やはり福永氏の棒による第33回東京六連(1984)の早稲田グリーもやや近いスタイルなのですが、こちらはちょっと声を荒げてしまった演奏なので、ちょっと。
  
誤解無いように記します。
いずれ第30回東西四連の項で記しますが、関西学院グリーくらいに徹底して仕上げてくれば、それはそれで演奏者を超えて曲そのものを味わうことが出来ます。
第15回四連の福永&同志社の「月ピエ」を聴くまでは、山古堂主人も北村協一&関西学院の演奏に一票を投じていました。
今でも合唱団の機能を磨き抜いた演奏ということで屈指の演奏だと考えています。
他方、人間が演奏するのだから、何らかの思想や哲学を織り込んで演奏するのも当然です。要は、指揮者の個人的な見栄や自尊心やエゴが丸出しになった~~~特に学生指揮者さんが良くハマる落とし穴ですな~~~妙ちきりんで不自然な演奏を聴かされるのが嫌なのです。これは「月ピエ」に限ったことではありませんが。

蛇足。
同志社グリーは音楽の流れを掴むのが日本一上手い大学男声合唱団だと山古堂主人は確信しております。
でも大学時代は関西学院グリー・ファンクラブ会長でした。
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