合唱音源デジタル化プロジェクト 山古堂

早稲田大学グリークラブOBメンバーズ<特別編集> 真性合唱ストーカーによる合唱音源デジタル化プロジェクト。


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号外!!2004年5月5日、「東西四大学合唱演奏会ライブ記録全集」ついに完成!!

古賀ちゃん、とうとうやったよ~(涙)

 山古堂本舗が総力を挙げて取り組んできた東西四連ライブ記録デジタル化プロジェクトが、ついに完結した。
アナログ音源からのデジタル化が第10回~第36回でCD49枚、CD時代の音源が第37回~第52回迄でCD33枚、堂々のCD82枚組である。
以下、やや長文になるがお目こぼし頂き、おつきあい願いたい。

 とにかく足掛け17年、デジタル化作業だけでも5年である。大変であった。音源の発掘からデジタル化作業、そしてそれらにかかった費用(笑)。
普通ならハナから手を出さないような巨大プロジェクトなのだが、やはり自分が一番欲しい音源集でもあり、男声合唱ストーカーを自認していることもあり、文化的価値も歴史的価値もあると思うしで、結局は初志貫徹、ついに現存する限りの音源を網羅した「東西四大学合唱演奏会ライブ記録全集」としてひと区切りをつける事が出来た。
いや、本当に大変であった。
……いやいや、まだこれから東京六連全集や早稲田グリー定演全集の作成が待っている。

 そもそものきっかけは山古堂主人の現役時代にあって、早稲田グリーの部室に保管されていた数枚のレコードを、個人的ライブラリとしてカセットテープにダビングするところから始まったのだが、その後の民生用デジタル機器の進歩や、古い音源をお持ちの諸先輩と親しくさせて頂く機会を得た事もあり、網羅的に音源が集まりそうだ/この際だからデジタルデータで全集化しちまおう/そもそも今を逃したらオリジナル音源が散逸して、二度と入手出来なくなるかも知れない/更にはこういう音源集が、人数減少に喘ぐ現代の東西四連各団の現役諸君にとって何らかの役に立つかも知れない、と考えたのである。
そうは言いつつも相応の困難は予想出来たから、期限も定めず時間をかけてやっていこう、と思っていた。そういう意味では、全集化を決意したのが1999年だから、今年で53回を数える東西四連の舞台を踏んだ者は数あれど、その音源を整備するという誰もやった事のない前人未到の作業を実質5年間で制覇したのは、まさにワタシの努力と睡眠時間と投入資金の結晶と言って良い(笑)

 実際は、東西四連のデジタル化のみに注力すればもっと早く完成したのであろうが、音源収集の過程で、東京六連・関西六連・各団体の定期演奏会・海外の伝説的な男声合唱団、しまいには戦前のSP、日本女子大による三善晃作曲「三つの抒情」初演(1962)等々、興味の尽きない音源が次々と発掘された事や、音源をお借りした方から「これもついでに宜しく」と、これまた男声合唱に限らないヨダレものの音源のデジタル化を委託されたりして、結局全方面作戦を取らざるを得なくなってしまったのである。

 いずれにせよ、演奏団体たるもの、演奏会プログラムや百年史のような書き物も重要だが、そういう書き手の主観がいくらでも込められるようなものではなく、やはり客観的な音の記録がなければ面白くない。
とにかく、オープンリールやレコードといった形で記録を残す事が出来るようになったのが約50年前からであって、その頃に現役であった先輩方のお年を考えると、もう今しかない! というタイミングでもあった。

 結果、そういった妙齢(笑)の先輩方よりレコード原盤提供を御快諾頂くなど、音源の収集自体は予想以上に順調に行ってしまい、むしろデジタル化作業で喘ぐ結果となってしまった。
だが、わずかずつ進むデジタル化作業では、都度新しい発見や驚きの連続であった。
例えば、男声合唱の黄金期は1980年代、と理解されている方は多いと思うが、いやいやそうではない。
確かに演目の多様さや市販レコードの多さなど、日本の大学男声合唱全体としては是とする部分もあるが、1960年代の同志社140人時代、同じく1960年代の早稲田170人時代、1970年代の慶應ワグネルなどは各団史上で最強ともいうべきライブ演奏記録を残しているし、何より、1970年代までは人数こそ少なかった関学だが、合唱コンクールで戦前3連覇・戦後6連覇(実際は招待演奏を挟んで8連覇)の偉業を達成するなど、演奏の精密さは50年前に完成されていて、もはや重要無形文化財の域である。
時の流れに比例して演奏レベルも向上している訳では、必ずしもないのである。そんなことで、発掘された出土品の中には名演と言うべき記録がゴロゴロしているのであって、そうなると、意地でも高音質で後世に伝えたいと思うではないか!

 が、言うは易し。デジタル化は、高音質にこだわる限り、そうたやすいものではない。
その辺で売っているお手軽なレコードプレイヤーをパソコンのサウンドカードに
つないでwav録音する、なんて事では、私を含めた演奏者達に対し誠に以って失礼千万である。
ということで、自称オーディオマニアの意地にかけて所有する機材をフルに使いこなし、それでも足りなければ出費を惜しまずに補強する、という暴挙に踏み
切った。例えば、この東西四連のためではないが、SPレコード再生のため、将来どんな規格外のSPが見つかっても良い様に16~96回転まで対応出来るターンテーブルを購入したことなどが暴挙の好例である。

 レコードの場合、年季の入ったものが多いから、カビや埃は当然として、傷や反りなど、入手したレコードの状態はいろいろであった。
加えて制作業者によって出来具合が全く違うからタチが悪い。
極力良い音質で残したいから、状態の悪いレコードの場合は別のつてを頼ってなるべく状態の良い盤を見つけ出し、あるいはクリーニングの方法を変え、あるいはマッチングの最適なレコード針やトーンアームのセッティングを探り、盤質の調整を行い、最適な録音レベルを割り出すなど、レコード片面の処理に平均でも3時間以上かかっている。
アナログの恐ろしいのは、手を入れれば入れるほど音質にはっきりとした差が出てくるところであって、一旦デジタル化したレコードであっても、再生機器のベストセッティングやコンディショニングが後日に判明したり、更に盤質の良いレコードが見つかったりで、またも片面数時間かけて再録音する、ということもしばしばあった。

 オープンリールは更に大変であった。経年劣化がレコードの比ではない。
「腐食」と言っても良い。
テープはベースフィルム・バインダー(接着剤)・磁性体(記録層)から成っているが、カビや埃はもちろん、テープの長年の吸湿等による膨張収縮や劣化から生じるワカメ現象や、バインダー自体の溶剤分の蒸発や変質等によってベースフィルムから磁性体が剥離したり、巻き取られたテープ同士が接着されてしまってい
たり、ちょっとテンション(張り)をかけただけでテープが切れてしまったり、更には昔セロファンテープなどという最悪な道具で修復した部分などがベタベタになっていたりで、難問の続出であった。磁性体の剥離が激しく、再生するたびに明らかな音質劣化が生じ、青ざめた事もある。
 これらのテープも、グラフィックイコライザーを通して最適な再生音を探り、時にはあまりに劣化が激しすぎて何度も再生する事が出来ないと判断し、凄愴の気合で一発デジタル録音とする場合もあった。

 上記のようにまずアナログ音源からありったけの情報を引き出してDATに落とし、インデックスを付番して、DATデッキからデジタルケーブルで接続したオーディオ用CDレコーダーでCDマスターを制作するのである。
CDマスター1枚の制作に10時間はかかる。
それだけの手間と時間を第10回から第36回までの計49枚に費やしたのである。

 だが、そういう難行苦行の末に聞こえて来る歌声は、ありきたりな言い方だが、その演奏に携わった当時の団員達の努力や誇り、数ヶ月かけた練習から当日あっという間の本番終了までの喜怒哀楽を、瑞々しく現代に運んでくれるのである。
ここには、実に、もう二度と成しえないであろうという最高レベルの演奏記録がいくつもある。
エール交換からいきなり各団の散らす華々しくも強烈なプライドの火花が見え、待機する舞台袖で心底から「あいつら、凄ぇ!」と唸ってしまうような他団の演奏を目の当たりにし、誇らしげに舞台を降りてくる奴等の顔に「負けてなるものか!」と、栄養ドリンク(特に早稲田) とアドレナリンの入り交じった血液を身体中に巡らせて舞台に立ち、全身全霊をかけて歌い、、、。そして客席からの拍手を浴びてすっかり上機嫌になり、演奏会が終わった後には強烈な共感と仲間意識と徹夜の大騒ぎがある。
卒団してしまったら二度と味わう事の出来ない世界がある。
その追憶の想いを込め、徹底的に高音質にこだわり、丹精と睡眠不足を込めてデジタル化したこの東西四連全集は、決して大袈裟では無く、また身内の贔屓でも無く、「大学男声合唱の大河ドラマ」とも言うべき音源集である。
残念ながら著作権や版権等々の複雑な権利関係が整理出来ないから、市販することは叶わないが、もし幸運にも聴くことが叶った方は、是非三日前から魚肉を避け水浴して身を清め正座して香を焚き心身ともに落ち着き充実した状態でお聴き頂きたい(嘘)。

 なお、東西四連全集とは言いながら、録音のなされていない第9回以前はやむなしとして、第11回、第12回、第15回のように、録音されている可能性はあるが音源が見つからなかった演奏会がある。この1960年代は気軽にレコードを制作出来る状況になく、録音したマスターテープを幹事校が保管する取り決めであり、求めに応じて四団の中で貸し借りをしていたという経緯があるので、もしかしたら慶應ワグネル・関西学院グリー・同志社グリーでそれぞれ創団百周年記念の一環で進められている、音源デジタル化保全プロジェクトの過程で発見される可能性のあることを付言しておく。
また、第37回(1988)以降は最初からCDで制作されているのだが、驚いたことに現役各団にはCD時代となった1990年前後の録音すら保管されていないケースもある。
現実に山古堂でも、第38回~第44回という最近の音源を収集するのに思わぬ苦戦を強いられたりした。

 各CDの簡易ジャケットに簡単なコメントを付しているが、極力正確性・客観性を心がけたものの、情報収集の不足が否めない部分も多々あるので、事実誤認があるようであれば御一報頂きたい。
第40回(1991)以降の演奏についてはコメントを控えているが、当方の認識においてはこの第40回が発声・音楽の創り方・選曲などの大きな転換の始点であり、これ以降の演奏についてそれ以前の評価基準を当てはめるべきではないと判断したことが、コメントを控えた理由である。
特に昨今は、1980年代の演奏スタイルを、ともすれば「恐竜時代」として不当にけなす現役・若手OBも多く、他方、1990年代中盤以降の学生合唱の演奏スタイル、特に薄い声作りについて、往時と比較し誠に手厳しい評価を下すOBも多い、という、双方相容れない時期であるので、なお更その感を強くしている。
従い、1990年代以降についてはもう暫くして、少なくとも1980年代から2000年代までを俯瞰的に見た、歴史的評価ともいうべきものが定まってから、当時の関係者に語って頂くのが良い。


 今回の東西四連全集プロジェクトに際し、レコードの収集においては、福永暁子ママさん、山古堂代表取締役営業本部長で関学グリーOBの古賀準一君(1989)、早稲田グリーOBの加藤晴生先輩(1962)、辻田行男先輩(1962)、日和佐省一先輩(1971)、渡辺正美先輩(1976)、木村寛之先輩(1978) 細金雅彦先輩(1980)、仲村弘之先輩(1980)、佐々木豊先輩(1984)、泉澤信哉先輩(1983)、小川徹先輩(1988)に御協力頂き、長期間に渡ってレコードをお借りしました。特に日和佐先輩には当時の演奏会プログラムやこぼれ話など、多くの情報を提供頂きました。

 福永暁子ママさんには東西四連のみならず、故・福永陽一郎先生の所蔵しておられた貴重な大学男声合唱のレコードをほとんど根こそぎでお借りしました。
ほとんど傷もカビも埃もなく、大切に、丁寧に扱われていた事が一目瞭然であるレコード達であり、胸熱くなる思いで聴かせて頂きました

 早稲田グリー事務所で保管しているオープンリールやレコード・CDについては、早稲田グリー2002年度ライブラリアンの坂巻賢一君、2003年度ライブラリアンの吉川雅洋君に御協力を頂き、また現役で保管していなかった1990年代の一部のCDについては蓮見裕基君(1997)にお借りしました。

また、第15回東西四連の同志社グリーの演奏については、同志社グリーOBの藤田和久様(1969)の作成された復刻CDより収録させて頂きました。

 この場をお借りしまして皆様に厚く御礼申し上げます。

 そして、ヘッドフォンを装着してオーディオ機材に対峙し(家族に背を向け!)、休日も部屋にこもり、時には徹夜で作業している筆者に、何だかんだと言いながらも協力してくれた家族、妻・今日子と息子・玲&今年2月に生まれた悠斗にも、感謝の他はありません。


二〇〇四年五月五日  山古堂主人敬白

<資料>
東西四大学合唱演奏会ライブ記録全集
東西四大学合唱演奏会 オンステ人数推移
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