これまでの一連の文章で、東西四連の最古の録音が昭和36/1961年の第10回記念レコードであることは述べました。
いずれ書くことになりましょう早稲田大学グリークラブの話を少し書きますと、最古のレコードは昭和34/1959年3月の第6回定期演奏会のドーナツ盤で、これには「南部牛追い歌」など4曲が収録されています。
しかし早稲田グリーの最古のライヴ録音は、さらに3年を遡る昭和30/1955年の夏季演奏旅行(九州)オープンリールという信じられないものです。
以前も書きましたが、この頃のオープンリールデッキは大変に高価であり、しかも昭和30年というと国産ポータブルデッキがまだ発売されていない頃です。
ここで少し目を転じて、そういう最古級の大学男声合唱の録音の谷間に咲く、一輪の花を御紹介しましょう。
早稲田大学と致しましては戦前より「目白の女子大」として親しくさせて頂いております、日本女子大学合唱団の御登場です。早稲田グリーOBでも、奥様が日本女子大学合唱団OGという方が少なくありません。
日本女子大学は「にほんじょしだいがく」と読みますが、校歌の歌詞に「ここに生まれてニッポンの文化をおこす使命あり」と歌われているからか、略称は「ポンジョ」です。このポンジョ合唱団は歴史的にも実力的にも、押しも押されもせぬ名門で、詳しくは
彼女達のWEBサイト にある歴史の項をご参照頂きたいのですが、
大学創立は1902年。1932年に合唱団が創立し、1935年には慶應ワグネルも指導しておられた木下保氏を指導者に加え、1954年から1982年まで木下氏が常任指揮者を務めています。
その間、1963年から1965年まで合唱コンクール全国大会で3連覇の快挙を成し遂げるなど、演奏レベルも高いものでした。
そのレベルの高さを知る上で、極めて重要なレコードがあります。恐らく日本女子大学合唱団初のレコードかとも思われますが、早稲田グリー演奏音源デジタル化の一連の音源発掘作業で出土(笑)した極めて貴重な音源で、あの三善晃「三つの抒情(1962)」初演が含まれているのでした。
鈴木紘輝先輩(1966卒)所蔵の貴重なレコードをお借りし、デジタル化したものです。
(実は、この他にもう1枚伝説のレコードが存在していて、それは木下保氏が亡くなられる1ヶ月前、1982年10月の日本女子大学合唱団第27回定期演奏会のライヴレコードで、客席で聴いていた早稲田グリー・慶應ワグネルの面々を唸らせたと言う女声合唱組曲「蝶」が収録されています。山古堂では未入手ですので、もしどなたかよりお借り出来るようでしたら最優先でデジタル化させて頂きます。なるべく盤質の良いものをお待ちしております。tmohki@fides.dti.ne.jp まで。)
日本女子大学合唱団第7回定期演奏会 (モノラル/抜粋、VICTOR PRD-2003)
指揮:木下 保
昭和37/1962年5月31日(木) 共立講堂
1.Missa Brevis in D-Dur
1)Kyrie
2)Gloria
3)Credo
4)Sanctus
5)Benedictus
6)Agnus Dei
作曲:W.A. Mozart
Pf:加藤 芳野
2.Sechs Maedchenlieder 娘のうたう六つの歌
1)Der Traum(夢)
2)Stelldichein(ランデブー)
3)Trutzlied(戯れうた)
作曲:Heinrich von Herzogenberg
Pf:内田 碧
3.Opera 女声合唱曲より
Хор Девушек(苺摘みの合唱)
歌劇「エフゲニ・オネーギン」より
作曲:P.I. Tchaikovsky
Pf:加藤 芳野
4.三つの抒情 (委嘱初演)
1)或る風に寄せて(立原 道造)
2)北の海(中原 中也)
3)ふるさとの夜に寄す(立原 道造)
作曲:三善 晃
Pf:加藤 芳野
5.Marienlieder マリアの歌
1)Der Englische Gruss(天使の挨拶)
2)Der Jaeger(狩人)
3)Ruf zur Maria(マリアへの願い)
4)Magdalena(マグダレーナ)
5)Marias Lob(マリア讃歌)
作曲:Johannes Brahms
6.赤いサラファン(卒業生とともに)
ロシア民謡を題材とする
作曲:A.E. Varlamov
7.柴の折戸
日本古謡
演奏会の全プログラムは以下の通りで、意欲的かつ多彩なものです。
1. Missa Brevis in D-Dur
2. Marienlieder
3. Sechs Maedchenlieder
4. 三つの抒情
5. Opera 女声合唱曲(魔弾の射手、愛の妙薬、エフゲニ・オネーギン、さまよえるオランダ人、カルメン)
6. 卒業生とともに(流浪の民、赤いサラファン、通りゃんせ、Hallelujah)
実はこのレコード、30センチLPを33.3回転で再生するという、何の変哲もないレコードに見えるのですが、実は当時にありがちなケースで、再生音がやや高め(笑)なのです。
従って、ピッチを1.6%下げるという小細工が必要でした。
さて、40年前のレコードから湧き出す音楽は、木下保氏に鍛えられた厳格で緊張感を伴うものでありますが、ソプラノの明るく澄んだ発声による華やかさと、ドスの効いたアルト(爆)によるしっかりした低音によって、誠に爽やかで聴き応えのある演奏となっています。
人数もこの演奏会で97名(卒業生を含む出演者数は153名に及ぶ)と充実していたようです。
この演奏会の翌年以降、合唱コンクール全国大会学生の部において3連覇という偉業を達成するのですが、現在の金賞乱発とは異なる時代に3連覇以上を達成した大学合唱団は日本女子大、法政アカデミー、そして関西学院(以前にも記しましたが、戦前3連覇/戦後6連覇・実際は招待演奏を挟んで8連覇)だけです。
演奏は、とにかく何度聴いても飽きませんが、感想は後回しにして、まずは歴史的な「三つの抒情」初演について。
日本女子大学合唱団50年史より引用、原文まま。
三つの抒情作曲に当って 三善 晃 <日本女子大学合唱団の皆さんへ> 昨1961年7月、Oさん御夫妻に紹介されて合唱団の方達とお目にかかり、今度の曲の打ち合わせをしました。 実は、女子大というところは、僕にはスフィンクスの様に不思議なしろもの、ガタラルを飲んで眠る永遠の神秘だったのですが、実際にお会いした皆さんは、僕と同じコーヒーを喫む、まぎれもない日本のレディ達で安心しました。 O夫人から、木下先生と皆さんの輝かしい歴史、実績、現在を伺いながら練習中の皆さんをお訪ねした夕方の事をよく覚えています。 木下先生の深く綿密な譜読みと丹念で巧みな御指導、応える皆さんのそれは心のこもった練習に僕は感動し、百以上の芥子の花びらの告げる「ふるさと」の前に、ほとんど立ちすくんだことでした。 そうだ、あの、作曲中の孤独な情感は、今この人達の優しい手に拾われて、たくさんの微光の粒となり、人間の愛に通おうとしている・・・・・・・・・ 作曲する者にとって、それはまさしく幸わせの確かな手触りでした。 あの時、多分その感動のために血が逆流して、私の未熟な書法についてのお詫びや、私を先生と呼ばないで下さいというお願いを、言い忘れてしまいました。 <「三つの抒情」について> 昨1961年7月から今年の2月にかけて、立原道造の詩2篇、中原中也の詩1篇を、日本女子大学合唱団のために作曲しました。 詩人の、雲や波の情感が、ロマンと象徴の間に揺蕩(たゆた)って居、曲想は全くそれらの反映に導かれて生れた、と言えます。 波と言えば、以前、水の精の物語を音楽にしたことがあり、この時初めて女声コーラスを用いたのですが、それは、水晶の透明な響き、こだま風の優しい応(いら)えに守られた世界を描くためでした。 抒情は確かに、均質で優美な女声コーラスの音声に相応しい。 けれども、この3篇の詩には、その様な情感の告白ばかりでなく、ロマンの前後、アポロへの賛美から虚無の自覚までを、確実に告げることの出来る、柔軟な共鳴体が必要でした。 曲は女声コーラスに、抒情の、その様な巾広い意味を託して居ます。 それは知の中核に近附いて、例えば外界に投じた私の影、影を指さす私の希求を担う筈です。「抒情」はその様な意味で名附けました。
この初演を4年生で歌い、現在もOG団体の桜楓合唱団で歌っておられる方のお話では、
当時は委嘱初演の意味することも知らず、「抒情」が女声合唱にとって、あれほどのエポックメーキングな曲になるとも思わず、ただ、曲の新しさと、素晴らしさだけに感動しておりました。
三善先生もまだ音楽界にデビューしたばかりで、今日のように日本の音楽界を背負う方とも思わず、たまたま、巡り合わせで、あの時初演の演奏会をすることになりましたが、それ以来、桜楓合唱団はまだ今も三善先生にお世話になっているわけで、私個人にとっても、あの曲はとても重い意味を持っています。
ということです。まさにこの演奏で三善晃氏は大ブレイクしたのかも知れません。
超有名人なのでご存知の方も多いかと思いますし、山古堂主人としても荷が重いことですが、三善晃氏についてごく簡単に記します。
三善晃氏は1933年生、幼少の頃からヴァイオリンとピアノの教育を受け、また東大仏文科からフランスに留学した経験を持つ方です。
著書「遠方より無へ」に幼少の頃の話や留学中の話、そして音楽そのものについての考えが語られています。
合唱音楽に絞って記しますと、三善氏の初期の音楽は「花鳥風月的な/庶民派」と言われることもありますが、この「三つの抒情」「嫁ぐ娘に」「月夜三唱」など、詩に対しての深い洞察を、やや難しくて洒落た和声とピアノの洒落たアルペジオで表して一世を風靡し、1971年に戦争/不条理の死をテーマとする大作「レクイエム」で新しい方向を示し、その後も童声・混声・女声を中心に様々なスタイルの作品を発表しています。
特に1980年代からは全日本合唱コンクールの自由曲において三善氏の作品が圧倒的な人気を誇り、現在に至っています。
桐朋音楽大学学長や東京文化会館館長等の要職も歴任しておられ、まさに日本を代表する作曲家です。
詳しくはWebで検索されますと読みきれないほどヒットしますので、そちらをどうぞ。
三善晃氏の創る音楽とコンクールで選曲される機会が多いこととの相関については、ここで主観的なことを記すのは避けます。
コンクール功罪論的カオス(山古堂PAT.PEND)にハマりたくはないので。
ただ、一つだけ挿話として、
1999年4月、新宿文化センターにおいて「女声合唱フェスティバル」が開催され、山古堂主人はその裏方手伝いをしたのですが、その演奏会の合同演奏にて三善晃氏の書き下ろし小品「ゆめのはじまり(詩:矢崎節夫)」が委嘱初演されました。
(指揮:辻正行、ピアノ:山内和子)
その曲は「あなたと出会えて良かった」的な歌詞で、平易とまでは言えないが決して難しくはなく、優しい雰囲気の曲でした。
22団体も出た演奏会ですから、合同といっても各団から選抜した60名で歌われたのですが、ステージリハーサルをするというので客席で聴いた時のことです。
三善晃氏ご自身がリハーサル指導をされるというので、選抜メンバーに緊張が走り、緊迫した空気の中で気迫に満ちた合唱の第一声が響きました。
・・・客席の山古堂主人は椅子から転げ落ちそうになりました。
合唱の目尻を吊り上げ声を張り上げ、まるで短距離競争みたいに火花散る女達! 加えて「舞台メイク」の厚化粧!!
恐いっ!!!
一応最後まで通した後、三善氏が「声(発声技術の意)が主役ではない、どんな気持ちでこの詩を語るべきか考えなさい」と言った途端、ハッとした顔になった人が多くいたのが救いでした。その時の三善氏は、かなり声を荒げており、また主観的には悲しそうな感じもしました。
話を戻します。
このレコードの白眉は、というと迷いますが、とにかく溌剌とした声と演奏、そして木下氏の創る途方もなく誠実な音楽がたまりません。
個人的にはロシアオペラ合唱曲を原語で歌う「苺摘みの合唱(原題:娘達の合唱)」が大好きですが、「Marienlieder」もまるでジュリー・アンドリュース扮する「サウンド・オブ・ミュージック」のマリアが集団になったような伸びやかさで良いし、その中でも特に「Der Jaeger(狩人)」などは、慶應ワグネルの歌う「Jagdlieder」よりもずっと狩の歌らしく躍動感に溢れています。
また「Missa Brevis」で次々と出てくる学生ソリストも、やはり木下氏の指導の賜物か、芸大系(抽象的ですいません、中沢桂さん系と言えばお判りになりましょうか)の声でビュンビュン飛ばしてきます。
「三つの抒情」は、やはり当時のピアニストには(現代においてもか)やや難しい譜面だったのでしょうか、ピアノの運指ミスが少々耳に残ってしまいます。
また2曲目「北の海」などは現代の演奏よりはテンポが遅めで、少し切れ味に欠けるような感もあります。ですが全体的なフレージングやアクセントの置き方などは緻密に練り上げられていて非常に勉強になりますし、また終曲は3パートの響きが融合して素晴らしい。
他のステージが割合オーソドックスな欧州クラシックだから、聴衆はこの曲の斬新な音にさぞ驚き、また喝采を送ったことでしょう。
Closing Songの「柴の折戸」は、早稲田グリーの「遥かな友に」や関西学院グリーの「U Boj」のように、現代に至るまで連綿と続く日本女子大学合唱団のエンディングテーマです。
このレコードをデジタル化した後、1980年代のポンジョ合唱団のレコードを数枚CD化する機会を得ました。
それらの中にも例えば1985年/第30回定演の「有明の海」などのなかなか凄い演奏があるのですが、率直に申し上げれば、舞台から客席に溢れてくる何かを感じる演奏ということで、やはりこの第7回定演の方が心動かされるものがあります。
そういうことで、男声合唱しか興味ないという方にも一聴の価値があります。
単に木下氏の指導下だから慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団の「女声版」、などという話ではありません。
木下氏の音楽観と合唱団の生命力がストレートに伝わってくるという観点において、聴いていて素直に楽しいのです。
山古堂主人の数少ない愛聴盤の中でも、大切な一枚であります。
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<第16回東西四大学合唱演奏会> 1967/06/25 東京文化会館大ホール
ビクターPRD-2017/ステレオ・演奏会ライブ抜粋盤、日和佐省一先輩(1971卒)からお借りした貴重なレコードからのデジタル化。
第14回の録音に比べると、同じマルチマイク収録(注)でありながら、マイクセッティングやミキシングに気を使っていないようで、ひどい録音というほどでもないが、東京文化会館にしてはホールの残響が無く、しかもマイクが相当合唱団に近いところに設置され、その音を前面に押し出した録音ミキシングなので、まるで合唱団の中に混じって聴いているような印象さえ受ける。
また強弱がかなり圧縮されていて、クレシェンドのはっきりしない部分もある。従い、かなり粗の見える録音なので、その分だけ甘く見ました(笑)
でも早慶ともにシューベルトを歌っているので比較出来てしまう(爆)
注)簡単に言うと複数のマイクを使う録音で、普通は合唱各パートの前(計4本)、ピアノ(普通は低弦用と高弦用で2本)、ソロがいればその前、ステージ全体かホールの残響を拾うのに天井から吊り下げ(2~4本)、と設置し、マイクそれぞれに録音をしておいて、後日その道のプロ(ミキサー)が各マイクのバランスを取りながら、最終的に左右2つ(2チャンネル)の音に集約させる。
ドイツ・グラモフォンには神といわれるミキサーがいて、オーケストラの各楽器、つまり50本以上の音源=50以上のチャンネルから2チャンネルに導き出し、カラヤン&ベルリン・フィルの名録音を制作していた。という方法なので、当然客席で聴くのとはかなり違う録音になるが、楽器ごとのバランスや強弱を人間の耳に合わせて調合することが出来るなど、マルチマイク収録にはマルチマイク収録なりの利点も少なくない
関西学院のトップがやや粗くて、らしくない感じ。人数が少ないのか。
慶應は立派なトップにやっと低声系が追いついてきたように聞こえる。
同志社は1960年代に特徴的なゆっくり目のテンポ運び。少しテナー系が不揃いになっているかもしれない。
早稲田は少々気負いがあって、張ることが目的の人がいる。(それは現代に至るまで続く。山古堂主人も現役時代を思い返して忸怩たる思いでございます。認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものを。)
男声合唱組曲「中原中也の詩から」より
1)汚れちまった悲しみに
2)雲雀
3)六月の雨
4)月の光
作詩:中原 中也
作曲:多田 武彦
指揮:北村 協一
「中原中也の詩から」は関西学院グリークラブによる1967年度委嘱作品で、北村協一氏の指揮の下、第4回同関交歓演奏会(1967/06/18 大阪フェスティバルホール)において初演された。ここに収録されたのは、その初演から一週間後の再演である。
ちなみに、録音では割愛されている第3曲「朝鮮女」はその後"発禁"となり、「間奏曲」に差し替えられた。
同様に「発禁」となった男声合唱組曲「雨」の「十一月にふる雨」が現在でもごく稀ながら強行演奏されるのに比して、この「朝鮮女」は現代に連なる国際問題を含むからか、作品のアピール性の問題からか、"発禁"後に演奏したという話を聞かない。
その詩や内容や解釈については、Webで詩の一部「子供の手をば無理に引き」で検索すれば沢山ヒットするので、そちらでどうぞ。
演奏は「汚れちまった悲しみに」ではやや粗さがあるものの、主旋律の回ってきたバリトンがテンポアップしてしまうというありがちな問題をギリギリ踏みとどまっており、また他の3曲は「このレコードの録音設定でここまで粗が目立たないとは大したものだ」なので、客席では聴き栄えしたことと思う。
技術的に言えばいわゆる関学メソッドというか、フレージングやディクションや音色と言った細かな「点」を徹底して作りこんでいて、その「点」が無数にあるので「線」や「面」に見える、という演奏。
このあたりが関西学院の演奏スタイルへの賛否両論の元で、「技術的な欠点は無いのだけど、それだけでは人の心は揺れないよ」という言い方をするのであれば、この演奏がそういう批評の対象になるかも知れない。
この論調は、ある日福永陽一郎氏が「綺麗に刈り込まれた生垣のような演奏への疑問」という形で、多少はみ出した枝があるほうが自然である/あるべき、というような一文を示したことから、一斉にその追従者が現れたもので、この話は少し詳しく説明する必要があろうし、山古堂主人としてもこの話に少し時間をかけたいので、いずれ時間が出来たら別項を設けます。
「シューベルト男声合唱集」より
Nachtgesang im Walde(森の夜の歌)
作曲:F. Schubert
指揮:木下 保
Pf:梶川 隆
シューベルト男声合唱曲の中ではかなり大規模な作品。
本来はホルン4本が付くが、この演奏ではピアノを付けている。
ピアノは打鍵楽器だから音の立ち上がりがホルンに比べて鋭く速いのだが、合唱がかなりしっかりピアノに、というかテンポに食いついている。
発声の向上も効いていて、堂々としつつ重くない(ということは、この後のある時期に重い演奏の時代が来ると言いたいわけです)。
高声系を抑えないので低声系の音量がもう一歩と聴こえるが、確実にバランスが向上して来ている。
リヒアルト・シュトラウスの歌曲による「愛の詩集」より(合唱編曲版初演)
1)Morgen(あしたの朝)
2)Ich Trage Meine Minne(愛を抱いて)
3)Caecilie(ツェチーリエ)
作曲:R. Strauss
編曲・指揮:福永 陽一郎
Pf:細川 哲朗
「僕の初期の頃の編曲は、凝りに凝ってたから難しいんだよ」と、故・福永陽一郎先生が生前に良く仰っていたものだが、この通称「リヒャルト歌曲集」は、そもそもこの歌曲集を選んでいる時点で、既に凝っていると言えよう(笑)。
その編曲版の初演である。
このレコードでは3曲のみの収録だが、同年末の定期演奏会ライヴ「創立63周年同志社グリークラブ演奏集」というレコードには下記の5曲が収録されている。
1) Alleseelen(万霊節/詩:Hermann Von Gilm)
2) Heimliche Aufforderung(ひそやかなる誘い/詩:Henry Mackay)
3) Traum durch die Daemmerung(たそがれの夢/詩:Otto Julius Bierbaum)
4) Morgen !(あした!/詩:Henry Mackay)
5) Caecilie(ツェチーリェ/詩:Heinrich Hart)
蛇足ながら、そのレコードには大変珍しい福永陽一郎氏の作曲、男声合唱組曲「夜の扉」全5曲のうち3曲が収録されている。
この編曲集は技巧的にも音域的にも優れたトップテノールと、和声感覚の優れた内声パートを擁していないとまともに仕上がらない。
同志社はこの曲集を言わば持ち歌として度々演奏しているが、この東西四連での演奏は関慶と比べてややトップテナーのまとまりに問題があり、その結果フレージングが途切れがちになる。
元々個人の声を刈り込まない団体だから、特に難曲「Caecilie」ではトップが相当荒れる。
内声は良く頑張っているのだが、全般的に聴いていてやや音楽に没頭出来ない部分がある。
録音技術上の問題も少なくないので、客席で聴いていれば恐らくこれほどシビアな感想は持たなかったかも知れないが。
「シューベルト男声合唱集」より
1)Geist der Liebe(愛の精)
2)Grab und Mond(墓と月)
作曲:F. Schubert
指揮:石井 歓
Pf:白石 隆生
元々早稲田は戦前から戦後に至るまで、事あるごとに「野趣に富む」みたいな評価を賜って現在に至るのだが、1962年から1967年まで早稲田グリーを指導された石井歓氏にしても、その後に常任指揮者となる濱田徳昭氏にしても、その評価を変えたいと言う強い想いがあったのだろうか、普通なら「野趣に富む」演奏をしてはいけないような演目を、時折持ってくるのである。
そんな次第でこの四連では早稲田によるシューベルトなのだが、同じ四連の舞台で慶應と早稲田がシューベルトをぶつけているから比較しやすい。
演奏は、フレージングやデュナミークといった基本的な奏法以前に、母音・子音の揃い方やフレーズの終端の丁寧さなど、基本的な技術が摩滅している。
(そして臆面も無く言えば、それはそのまま現代に至るまで続いている。)
また、この頃を「どん底」と認識して、翌年春までに指導陣の諸先生を総入れ替えした、という事実があることを記しておきます。
歌劇「さまよえるオランダ人」より
1)水夫の合唱
2)幽霊船の合唱
作曲:R. Wagner
Pf編曲:福永 陽一郎
指揮:畑中 良輔
Pf:1st/細川 哲朗
2nd/福永 陽一郎
演奏は、「良く頑張ってます、でも器からはけっこう溢れてるね」と言っておきましょう。
やはりこういう曲になると素直な合唱発声だけではいかんともし難いところがある。
福永氏の述懐にある通り、この時代にこんな演目をやれるのは確かに東西四連の合同演奏だけかも知れません。
が、ワーグナー歌いの慶應ワグネルですら真っ当な演奏をするにはもう少し待たねばならないという頃でしたし、やはり現代にこの録音を聴く限り「良く頑張ってます、でも器からはけっこう溢れてるね」。
気合はもの凄く感じますけど。特にトップで。
福永陽一郎氏のピアノ伴奏は、この第16回のほか第21回東西四連合同演奏(1972、歌劇「フィデリオ」より囚人の合唱と、歌劇「さまよえるオランダ人」より水夫の合唱&幽霊船の合唱)がある。
<第19回東西四大学合唱演奏会> 1970/10/26 大阪フェスティバルホール
キングKR7034~5/ステレオ、福永暁子ママさんにご無理をお願いし、故・福永陽一郎氏所蔵の貴重なレコードをお借りしたもののデジタル化。
第19回・第20回の東西四連と第19回東京六連はキングから、また第20回東京六連は東芝から、「キャンパス・コンサート・シリーズ」という名で、何と一般向けとしてレコード屋でも2枚組1,500円で販売された。第20回東京六連以外は、残念ながらエール交換がカットされている。
録音技術の観点から言及するならば、この「キャンパス・コンサート・シリーズ」シリーズは販売会社は違っても制作会社は一緒だったのか、あまり録音技術が優れていない。
この第19回東西四連の場合、合唱収録マイクは舞台上の合唱の目の前(マイクが収録対象に近いことをオン・マイクといいます)、しかもやや低めの位置に設定されたようであり、各パート・各人の声が判別出来るほどだが、ホールの残響や空気
感がほとんど無く、また何人くらいで歌っているのか全体的な音像の見当がつかない。何せ、恐らく40名程度だった関学も200名を超えていたであろう合同演奏も、同じような人数に聞こえてしまうのだから。
そんな訳で、ヘッドフォンで効くと耳の中で歌われているような感じ。
それと、推測なのだが、この頃には慶同関とも大久保昭男氏をヴォイストレーナーに迎えていたのだろうか。
早稲田以外の3団については母音の揃いやフレーズの入り方が非常に均質になってきていて、かつ「土管ベース」の萌芽が見えるのである。これは翌年の第20回東西四連ではっきり判るようになる。
「MISSA Aeterna Christi Munera」
1)Kyrie
2)Gloria
3)Credo
4)Sanctus
5)Benedictus
6)Agnus Dei I
7)Agnus Dei II
作曲:G.P.da Palestrina
編曲:弘山 知直
指揮:濱田 徳昭
濱田氏の指導体制となって3年目、発声・奏法ともポリフォニーに慣れてきて、第17回東西四連の「DEUTSCHE MESSE D872(F.Schubert)」からは格段に「らしい」演奏になっている。
発声の仕上がりや母音の揃いといった基本問題の積み残しはあるにせよ、響きの捉え方が団として一定の方向に向きつつあり、「Gloria」「Credo」などでは良い雰囲気。
ややメリハリが強い演奏になっているのはルネッサンス期の作品であることを強調したかったからか、合唱が燃えてしまったからか(笑)、何とはなしにイギリス・マドリガルのように飛び跳ねているような部分もある。
「わが歳月」
1)わが二月
2)春
3)空谷
4)葉月のお月
5)十月
6)音立てて
作詩:阪田 寛夫
作曲:大中 恩
指揮:高田 英生
第13回東西四連で委嘱初演したものの再演。
恐らく黄金期の末期だが、表現の精密さではこの演奏会随一で、このオンマイクの収録でもきちんと録れているということは、客席では手に取れるほどの倍音がなっていたはずである。
演奏スタイルは特に奇をてらったものでもなくオーソドックスなものだが、同志社らしいマニアックな練習を重ねた結果か、ディクションで細かい処理が織り込まれ、それが詩の雰囲気を上手く音楽に転換させている。この第19回東西四連の演奏の中で最も強く、大久保昭男氏のヴォイストレーニングの存在を感じるが、果たして事実やいかに。
「男声合唱のためのコンポジションII番(合唱のためのコンポジションVI番)」
1)第1楽章
2)第2楽章
3)第3楽章
作曲:間宮 芳生
指揮:木下 保
慶應は、現在では「コンポ6」との呼称が定着した間宮芳生のライフワークの一連
で、第17回東京六大学合唱連盟定期演奏会(1968/05/26)において、法政大学アリオンコールによって委嘱初演された作品。
曲を解説すると、各楽章の素材となっているのは、実在する日本各地の民謡などである。
第1楽章
前半は岩手の古い稗搗唄、後半は岩手・亀が森村の「田植踊り」の中の「掻田打の唄」の2つを素材とする
第2楽章
青森・八戸神楽「権現舞の唄」と、青森・田植祭えんぶりの芸能の2つを素材とする
第3楽章
前半は兵庫・亀岡神社の風流踊り、中盤の経過部分では東京都下・木場の労働歌、後半は大分・大漁艫囃子を素材とする
声は「ワグネル・トーン」モードに入ってきている頃だが、強声を多用せずに演奏していることや、冒頭に記したとおり「オンマイク」であり、ヘッドフォンで聞くと合唱団が耳の中で歌っているような近さだから、正直に言って、客席で聴いてどうであったか良く判らない。
演奏は、率直に言えば何を意図しているのか掴みづらい。それは下記のような考え方に基づくが、要は音色や奏法の妙がなく、演奏が淡々と過ぎ去ってしまうように感じるのである。
また「囃子」を要素とする第2楽章は、もっと速く演奏しても良いように感じる。
「コンポ」シリーズについて、特に男声のための「III」や「IV」の演奏スタイルを大別すると、いわゆる普通の合唱でマッシヴに行くスタイルと、民族発声の音色(民族発声そのものではない)を使うスタイルとがあり、その演奏数比は9:1くらいか。例えば混声用のシリーズではその演奏スタイル比が6:4程度と感じるから、男声ももう少し音の種類を考えるべきかも知れない。
無論、第17回東西四連における福永&同志社の「コンポIII」のように「ベルカント唱法でやる」と宣言し、あくまで西洋風の奏法を手段として日本の伝統音楽から抽出された結晶を聴覚化するという一般的な奏法が、正しくないということではない。
しかしそれはこの曲へのアプローチとしては一面的であって、「コンポ」の作曲意図は、日本独特の奏法や旋法をユニバーサル・ランゲッジとしての現代記譜法で五線譜上に抽象化しているのだから、それを音に戻す(演奏する)際には日本固有の音や奏法を常に念頭に置いておかねばならない、と、山古堂主人は大雑把に言えばそう思っているので、音色の変化を意識せず怒涛の男声合唱で歌うというのはどうかと思う。
かといってせっかく抽象化された「コンポ(特にIII)」を「これは元々民俗であり民謡だ」と決めつけて、野放図なまでに地歌の世界に還元してしまうのもどうかと思うけれど。
・・・あくまで日本の音を素材とした「合唱のためのコンポジション」である。
効果的に音色を配置するというこの辺のサジ加減は、サウンドパレットの多い混声の方が数段手馴れているように感じる。
男声合唱団では、やはりプロフェッショナルの田中信昭氏が率いる法政大学アリオン・コールに一日も二日も長がある。
そういうことで、近頃骨太な演奏が少ないと嘆いている山古堂主人ですが、コンポIIIだけはマッシヴな声で骨太にやっちゃいけない曲だと思っています。
「NEGRO SPIRITUALS」
1)Steal Away To Jesus
2)Go Down Moses
3)Josha Fight the Battle of Jericho
4)Listen to the Lams
5)Little David Play On Your Harp
6)Sinner, Please Don't Let Dis Harvest Pass
7)The Gospel Train
指揮:北村 協一
関西学院は、「黒人霊歌の解釈に定評がある」と評される北村協一氏の指揮。
この時期の関西学院の人数はあまり多くなかったようで、恐らく40名程度か。
関西学院が次に黒人霊歌を取り上げるのは、第42回・第46回東西四連で、共に人数が80年代の100名超から大幅に減少し、40名前後となった時である。
演奏は、臆せずに言えば、わざと荒れた風に演奏していたのなら良いが、そうでないとすると東西四連の現存する全ての音源の中で、「最も粗い関学グリー」である。
編曲が少し変わっていて、ややブルースのスローテンポに傾いており、デコレーション編曲(山古堂PAT.PEND)のR.Shawとは異なる演奏効果が出ている。
黒人霊歌というモノについては、特にご年配の方に一家言を持っておられる方が多いと思いますが、別途項を改めて真っ向勝負します(笑)
男声合唱組曲「海の構図」(男声版初演)
1)海と蝶
2)海女礼讃
3)かもめの歌
4)神話の巨人
作詩:小林 純一
作曲:中田 喜直
編曲:福永 陽一郎
指揮:北村 協一
Pf:笠原 進
合同演奏「海の構図」は、編曲者の言によれば「混声合唱の響きとしては、やや散漫な音の組み合わせが、演奏を困難なものにしている」とあるが、現実にはロシア人並みに低音の豊かな女声を有する混声合唱団しか演奏出来ないほど、全般的に女声の音域が低いのである。
翻って、男声版の編曲は、原調を変えることなくその問題点をあっさりクリアして、むしろ男声オリジナル作品と思わせるような鳴りと繊細さを包含させている。
編曲者の福永氏は、「『神話の巨人』の半ばから後、終結部にいたるまでの変容の美しさは、まさに「海」というもののイメージを確実にとらえた音楽というべきで、夕映えの光景を眼底にありありとうつし出すような音楽の頂点は、見事というほかはない。」とレコードジャケットに記しており、別のレコードのライナーノーツでも、その部分の描写に「全力を傾ける」と記している。
中田喜直氏の作品中でも白眉の部分である。
この第19回東西四連の合同演奏は、本来は編曲者の福永氏自身が指揮するはずで
あったのだが、福永氏急病のため北村協一氏が指揮することとなったもの。
ごく初期の頃から東西四連に携わってきたお二人の「阿吽の呼吸」である。
蛇足ながら、怪我の功名と言うべきか、客席でこの演奏を聴くことが出来た福永氏は、編曲上のいくつかの問題点を知り、これを修正した改訂版を第22回東西四連の合同で、今度こそ自身の指揮で演奏したのであった。
冒頭に記した通り、この合同演奏も50人程度で歌っているような収録なのが、非常に残念である。
2曲目が遅め、3曲目が速めで、この2曲のテンポが似通っているのは、組曲中の4曲のウェイトを均質化し、後半2曲をattaccaの様に演奏しても重くなり過ぎないようにとの配慮か。
10回台の東西四連、すなわち1960年代の早慶同関を総括的に書くと;
関西学院は人数が少ないようであるが、合唱機能としては完成されたものがある。
まずはそれが感嘆に値するが、それを現代に至るまで維持し続ける仕組みこそ驚異である。
1960年代では、後半には多少粗い場合もあるが、常に一定の水準を守っている。
選曲も結構手堅いが、そのくせデュオパ「荘厳ミサ」を単独でやれちゃったりするから、やはり一目置かれる存在なのでしょう。
慶應は傑出した声が必ずいるトップテナーと、その他3声との整合性がまだ取れていないが、ワグネルトーンが形成されていく経過が分かる。特に低声系が弱いことの克服が少しずつ着実に進んでいるのが興味深い。
演奏は常に骨格のしっかりした演奏で、指導する木下保氏の色が強い。
また、これはあくまで山古堂主人の私見ながら、四連の中では最も自尊心が強い演奏スタイル、つまり
1) 自尊心が強い
→他人に文句を言わせない
→文句を抑えこむ演奏をしてやる
→そのために努力する
2) 努力する
→その成果を必ずや見せてやる
→他団より良い演奏をしてやる
→自尊心を満たせる
という回帰型のシーケンスが見え、必ずしも音楽そのものに対してひたむきではないように聴こえる場合もあるのだが、結果として良い演奏をするし、そもそも校是が「独立自尊」なので仕方ない。
同志社は第10回のやや特殊な演奏スタイルはともかくとして、人数・レベルとも黄金期か。
バレエで言えば、指先やつま先まで神経の行き届いた表現が出来るし、「白鳥の湖」の黒鳥オディールがやる連続32回転みたいな大技(グラン・フェッテ・アントールナンといいます)もこなすという、オールラウンド・プレイヤーである。
とにかく曲を掴むのが上手いので、1960年代のヴァリエーションに富んだ演目のいずれにおいても優れた演奏を聴かせる。
特に第13~17回あたりは福永陽一郎氏も気力充実していたのか、素晴らしい演奏である。
早稲田は1960年代の前半と後半で大きく異なる。
1966年から技術スタッフを総入れ替えしたという事実はあるが、それは結果としてのことであり、そこに至るまでの別の原因があるはずで、その原因は耳にしていないが、容易に推察出来るような気がしないでもない(笑)。
1960年代の前半まで、早稲田は慶同関とは明らかに異なる独特の技術バックボーンがあった。
それは発声の明るさでありフレーズの立ち上がりのスピード感であり、これが団として統一されていることに加えて声量もあったから、「野趣」という言葉に代表される早稲田グリーの特色となっていた。
「野趣」とは悪いイメージではない。
もの凄く分かりやすく例えると、
>洗練されたテーブルマナーを駆使しつつ高級フランス料理を堪能する
> どこかにキャンプに行ってフライフィッシングで釣ったイワナの焼き立てを皆でわいわい頬張る
前者の、フランス料理そのものが関西学院、テーブルマナーを駆使している自分に陶酔しながらワインの説明までしているのが慶應、厨房のシェフが同志社。
後者のキャンピング主催者や、フライフィッシング愛好者、イワナを焼く人、わいわい楽しんでる人、その全員が何となく雑然としながら、その場を共有しているのが早稲田。
無論、上記のどちらが美味しいか(味だけではない)に甲乙はつけられないもので
す。
いずれにせよ、クラシックが高尚な趣味と思われ、その演奏に携わっていることが「ハイソ」であり「スカしてる」であった時代に、早稲田グリーはまさに欧州人にとってのクラシック音楽と同じように、身近で地に足のついた庶民派クラシックをやっていた、というと擁護し過ぎですかね。
この例えで言えば、1960年代の前半までの早稲田は、最終的に「みんなで良いキャンプ・良い思い出を作ろう」みたいな方向性の一致があったが、1960年代の後半では、釣りの穴場を探しに上流へ行ったまま晩飯になっても帰ってこないとか、自分の食うイワナだけを丹念に焼く者とか、近所の女子大生キャンパーにお節介を焼きに行っちゃう者とか、そんな感じ。
もっと言うと、結局帰りは同じクルマだから全員揃うのだけど、その頃にはキャンピングプランナーや責任者はヘトヘトなのに、でかいイワナを釣った奴は妙に元気に自慢話をしてる、みたいな。
これまた1990年代前半まで続く「伝統」になりました、はい。
10回代の東西四連については、これまでに記念すべき第10回記念のレコードと、オープンリールから復刻した第10(同除く)、12(早のみ)、15(同のみ)、17、18回について記述してきましたので、残すはレコードによる記録となります。
レコードは第13、14、16回がダイジェストで、第19回以降が一応全ステージが収録されるようになります。(といってもエール交換やストームについては、収録されたりされなかったりですが。)
<第13回東西四大学合唱演奏会> 第13回東西四連パンフレット
1964/06/14 大阪フェスティバルホール
東芝SEC-123/モノラル・演奏会ライブ抜粋盤、日和佐省一先輩(1971卒)からお借りした貴重なレコードからのデジタル化。
モノラルであり、またホールの空気感に乏しいが演奏の雰囲気は充分に伝わる収録。
演奏会の全体を通してもかなり高いレベルで、レコードの演奏を聴く限りでは10回台で最も良い演奏会だと思われる。
エールからいきなり嬉しいのは、各団が校歌を歌い始めると客席から歓迎の拍手が沸き起こることである。
こういう拍手が音源として残っているのはこの第13回だけだが、もしかしたらそれ以前の特に関西での東西四連では定例だったのかも知れない。
この雰囲気はとても良い感じ。
実際には各団とも校歌を2番まで歌っているのに、レコードでは収録時間の都合で1番だけになっており、それを知っていたのは幹事校だった同志社だけで、彼らだけが1番の最後にテンポを緩めるなど「収録向け」の演奏をして、後日顰蹙を買ったとのこと。
シューベルト男声合唱集」より
Gesang der Geister ueber den Wassern Op.167
(水の上の精霊の歌)
作曲:Franz Schubert
指揮:木下 保
Pf:辻 敬夫
木下保氏の統率のもと、しっかりした構成のシューベルトを聴かせる。
木下氏の指導は非常に厳格なことで知られ、それが音楽にも顕れている。
合唱が陥りやすい安直で不用意なport./rubato/rit./smorz.を許さない。ピアニストで言えばケンプ、ヴァイオリニストで言えばハイフェッツのように、20世紀末の耳で聞くとやや古典的にも聞こえるが、音楽の流れが決して澱まないのである。
これは山古堂主人には大変好ましい。
技術的には、畑中良輔氏が1960年から、大久保昭男氏がその翌年から慶應ワグネルの指導に携わっているが、まだその成果は道半ばという感あり。
つまりテノールはしっかりしている(凄い人が一人いるというのもある)が、低声系は音量・音質とも未だそれをサポートしきれず、4パートを連ねてのワグネル・トーンを聴かせるには更にあと数年を必要とする、というのが率直なところ。
そのワグネル・トーンの完成に畑中氏の後期ロマン派的な味付けと木下氏の厳格なドイツ音楽が相和して、慶應ワグネルは1970年代の黄金期を迎えるのである。
男声合唱のための「アイヌのウポポ」より
1)くじら祭り
2)イヨマンテ(熊祭り)
3)ピリカ ピリカ
4)リムセ(輪舞)
採譜:近藤 鏡二郎
作曲:清水 脩
指揮:北村 協一
関西学院として初めてこの曲を演奏したもの。
組曲自体は1961年の作品で、同年に立教大学グリークラブが初演。
「ウポポ」の演奏では、古今東西の演奏の中でも特に第36回東西四連(1987)の「北村&関学のウポポ」が超絶であるが、この第13回四連において既にそれと変わらない演奏スタイルが出来上がっている。
1曲目でわずかに音の乱れが生ずるが、見事に聴き合って吸収してしまう。
リズムはやや速めだが、それがかえってアイヌ本来の音に近いようにも感ずる。
この曲は、北村&関学が完成された様式美で聴衆を圧倒してきた、関学十八番である。
この第13回東西四連の翌年、1965年に関西学院グリーは米ニューヨーク・リンカーンセンターで開催された「第1回国際大学合唱フェスティバル」に招待されて「アイヌのウポポ」を演奏し、「あれほどの熱狂的な、総立ちの拍手は、かつてあの時しか経験したことが無い」と北村氏が述懐されている。
余談ながら、その国際大学合唱フェスティバルのライブ盤があり、「くじら祭り/リムセ(輪舞)」を聴く事が出来るが、これまた完成された出来栄え。
ほとほと感心する。
組曲「わが歳月」より (委嘱初演)
1)春
2)葉月のお月
3)音立てて
作詩:阪田 寛夫
作曲:大中 恩
指揮:福永 陽一郎
この作品委嘱は、同志社グリー創立60周年を記念して「大先輩、大中寅二先生の御令息で、現代日本の代表的作曲家の一人である大中恩先生に、永久に記念すべき新作を創っていただくこと」という方針に拠っている。
大中寅二氏は1921年卒の同志社グリーOB。
福永陽一郎氏の言葉をお借りして補足すると、「大中寅二先生は、合唱世界ではもっとも有名な大中恩さんのお父様で、ですから云ってみればもう日本の旧い世代に属している作曲家です。
日本で最初の「作曲家らしい作曲家」であった山田耕筰氏の、最初のお弟子さんの一人でした。
そして、この種の紹介のしかたが、先生のお気に召すかどうかわかりませんが、日本の国民的愛唱歌とも云える「椰子の実」は、大中寅二先生の作品です。」(同志社グリー創立63周年記念演奏会/1967ライヴレコードのライナーノーツより)。
初演でネタを知られていなかったこともあったろうが、「葉月のお月」という少しとぼけた詩による、関西弁のイントネーションを生かした作品の演奏は、所謂間抜け・間延びを抑え、しかもフレーズの終端に至るまで気が抜けていないもので、まるで良く出来た落語を聞いているようで非常に上手く、客席の笑いを誘っている。
福永&同志社の真骨頂である。
その他の2曲も大変に良く仕上がっている。
なお、この1964年は同志社グリークラブ創立60周年であり、記念として初のライヴレコードを制作している。
当時はまだ定期演奏会と言わず、毎年「創立○○周年演奏会」としており、創立60周年記念演奏会では東京公演を含む何と4回公演であった。
勢いのある団の証左である。
1964/11/18 大阪毎日ホール
1964/11/23 京都会館第一ホール(ここに収録された演奏)
1964/11/30 神戸国際会館(同志社校友会神戸支部主催)
1964/12/04 東京文化会館大ホール
日和佐先輩よりお借りした創立60周年記念演奏会プログラムとレコードによると、T1=33,T2=34,B1=39,B2=34 計140名。
恐らく東西四連にも100名というような人数で臨んだのではないか。
1960年代中盤から後半にかけ、同志社の黄金期である。
「コダーイ合唱曲集」 (邦訳による)
1)ひとりもの
2)酒の唄
作曲:Kodaly Zoltan
訳詩:清水 脩
指揮:石井 歓
邦訳のコダーイというのも現代の感覚ではビックリだが、訳詩が清水脩氏というのもビックリである。
「ひとりもの/KIT KENE ELVENNI」などは原語で聴くと結構切れ味の鋭い曲だが、邦訳だと「ひとりものは さびしかろうに/ヨメにするにゃ 誰が良かろう?」などど歌い出して牧歌的な感じがするから、むしろ邦訳の方が面白いかも知れない。
早稲グリOBメンバーズあたりで蘇演しませんか?
早稲田グリーは1950年代に団員300名と言った時代があるが、実際の稼動人数は170~180名で、更にオンステ人数となるともっと絞っていたらしい。
だから、恐らく実オンステ人数として最大なのはこの1964年と推測され、同年末の第12回定期演奏会プログラムによると、T1=45,T2=48,B1=47,B2=38 計178名となっているから、この東西四連へのオンステも100名超であったと思う。
以前の項でも述べた通りで変な音質の作り込みが無いから、大変に素直でハモりやすく、また良く訓練されていて、好演である。
山古堂個人は、この1964年というのは早稲田グリー史上で最もハイレベルな演奏を聴かせていたように思う。
それは難曲をこなしたとか音圧が凄いとか、そんな局地戦の話ではない。
この演奏レベルで「青いメッセージ」を聴いてみたいな(笑)
「Missa Solennelle」より
Credo
作曲:Albert Duhaupas
指揮:北村 協一
合同のデュオパ「荘厳ミサ」は、難曲ながらも1970年代までは時折演奏されていたもので、19世紀フランスのオルフェオン運動(注)の中で行われた作曲コンクールでの優勝作品。
従い、テキストこそ典礼文だが、実際の協会儀式での使用は念頭においていない、大変にダイナミックな作品。
第28回東京六連(1979)の東京大学コール・アカデミーのように、オルガンを伴って落ち着いた演奏がされたこともある。
元々関西学院グリーを永く指導しておられる林雄一郎氏の秘蔵の曲であり、1949年に本邦初演されている。
同志社が1957年の合唱コンクールにおいて関西学院を破り、審査員全員が1位をつけて「完全優勝」した時の自由曲も、この「荘厳ミサ」から「Gloria」である。
注)簡単に言えば合唱振興運動。当時の欧州ではチェコやハンガリーでも同様の動きがあったが、基本的に当時の社交サロンにたむろするのが男性であったり、村単位や町内会の如き生活共同体が男性の寄り合いであったことからか、男声合唱が中心である。
山古堂主人の知識を我田引水すれば、例えばチェコではフラホル協会の設立と、この協会の主導する男声合唱振興運動があり、日本で言えばちょうど多田武彦氏のような作曲家がたくさん現れ、フラホル協会会長となったスメタナも「Slavnostni Sbor」等の男声合唱曲を作ったりした。
東欧では特に、芸術としての合唱というよりハプスブルク家の欧州支配力が弱体化したことに呼応しての政治活動に近く、大衆運動の煽動であったり民族独立のプロパガンダの色彩も帯びていた。
OBメンバーズ2001で演奏された「19世紀のチェコ男声合唱曲集」がまさにそれである。
デュオパ「荘厳ミサ」は、当時、東西四連以外のジョイントコンサートや連盟では、到底選択出来る演目では無かったと思われるが、この合同演奏はさすが東西四連というような演奏。
わずかに粗い部分もあるが、それが気にならないほど全体的に均質な発声であり、縦横が揃って仕上がりが良い。
恐らく客席で聴いていたなら音楽の前進力と音量に圧倒されたに違いない。
ちょっと脱線。
ここで解説するのも変ですが、デュオパ「荘厳ミサ」を秘蔵しておられた林雄一郎氏について御紹介させて頂きます。
林雄一郎氏は関西学院グリーOBで、昭和9/1934年関西学院高商部卒。
関西学院グリーが戦前・昭和8/1933年の第7回競演合唱祭(今の全日本合唱コンクール)に初出場でいきなり初優勝した時の指揮者でもある。
東西四連では第5回(昭和31/1956年)と第29回(昭和5/1980)に合同演奏の指揮をされた。
山田耕筰に師事。
宗教曲にも造詣深く、1970~1980年代の関西学院グリークラブ・リサイタルでも本邦初演のミサをいくつか披露している。
また芦屋大学交換教授としてチャイコフスキー音楽院へ留学もしている。
林氏の指揮する関学グリーのミサを聴くと、恐らく関学トーンの基礎はこの方が作ったのではないか、と思われる時がある。
バスを厚くし、その上に精度の高い内声を作りこんで、更にその上に音色を整えた柔らかいトップテノールを乗せる関学トーンは、実は伝統的なロシア混声合唱のスタイルに酷似していて、林氏がそういうロシア合唱への造詣を深められていたのかどうかは存じ上げませんが、そのあたりに関学トーンのルーツがあるように思えてならない。
また林氏の関西学院への音楽的な貢献も見逃すわけには行きません。
手許の資料では、
空の翼
北原白秋作詩/山田耕筰作曲/林雄一郎編曲 昭和8/1933年作
関西学院
逍遥歌
竹友藻風作詩/林雄一郎作曲 昭和11年作
緑濃き甲山
由木康作詩/山田耕筰作曲/林雄一郎編曲 昭和14年作
関西学院
行進曲
池田幸一作詩/林雄一郎作曲 昭和16年作
A SONG FOR KWANSEI
E.Blunden作詩/山田耕筰作曲/林雄一郎編曲 昭和24年作
OLD KWANSEI
H.P.Peck作詩/K.A.Langlots作曲/岡島政尾改編/林雄一郎編曲
原曲:Princeton Univ. "Old Nassau"
といった作品・編曲があり、この他にも山田耕筰歌曲の男声合唱編曲版など多数の編曲がありますし、前述の通り欧米の知られざるミサ曲を本邦初演するという功績もあります。
<第14回東西四大学合唱演奏会> 第14回東西四連パンフレット
1965/06/20 東京文化会館大ホール
キングNAS-5/ステレオ・演奏会ライブ抜粋盤、日和佐省一先輩(1971卒)からお借りした貴重なレコードからのデジタル化。
収録のクオリティは四連の全レコードの中でも最高クラス。むしろ録音エンジニアが腕によりをかけ過ぎて人工的なサウンドに聴こえるほど。アナログレコードが技術的に頂点を極めたのは、実は1960年代であって、その後にコストダウンのために段々と盤の材質が落ち、薄くなり、プレス工程合理化のために音質を後回しにしたいろいろなことをやった、というのがアナログ通の常識だが、確かにそれを実感する。
いわゆる「オンマイク」で、合唱団がすぐ近くで歌っている感じだが、マルチマイクで拾ったと思われるホールの残響が綺麗に乗って、マニアならエール交換から興奮して聴ける。
関西学院は、前年まで「Old Kwansei」だったが、
この年から「A Song for Kwansei」となる。ややマルカートで粗い。
早稲田は、東西四連の現存する音源の中では最高の「都の西北」である。素晴らしい。山古堂主人、太鼓判。
同志社は、この時期の慣例としてやや遅めのテンポ運びで、何故か1番のみ。
慶應は、前年に引き続き突出したトップで、低声系が弱いとの感が否めない。
「Requiem D-Moll」より
Introitus und Kyrie
作曲:L. Cherubini
指揮:北村 協一
Pf:沖本 ひとみ、北野 京子
関西学院グリークラブは、この1965年度の第34回リサイタル(1966/01/22神戸国際会館、01/23大阪フェスティバルホール)を収録したレコードが最古のレコードのようである。
もちろんこれ以前のオープンリールもあるだろうが、レコードに関しては、福永陽一郎氏のレコードコレクションにもこれより古いものが無かった。
ちなみにリサイタルの演目を見ると、この第14回四連の単独ステージ「REQUIEM D-MOLL(L. Cherubini)」の他、合同演奏曲の「蛙の歌(南弘明)、そして「イタリア民謡集(北村協一編)」、「雪明りの路(多田武彦)」となっていて、「蛙の歌」を演目に取り込んでいるのが異例である。
四連オンステ人数は恐らく40名弱ではないか。
演奏は、校歌の演奏と同様で、いつもの精密感がやや薄いように感じられる。
もちろんある水準は達成されているし、この程度の粗さなら、客席で聴いていればさして気にならなかっただろうと推測される。
「枯木と太陽の歌」より
1)冬の夜の木枯の合唱
2)枯木は太陽に祈る
作詩:中田 浩一郎
作曲・指揮:石井 歓
Pf:南院 紀子、新沼 康博
作曲者の石井歓氏御自身による指揮。
前年に続き精密な好演で、「冬の夜の木枯の合唱」の速いパッセージでもきちんと揃っている。
「枯木と太陽の歌」をきちんと演奏出来た記録なんてあまりないので、そういう意味で貴重かも知れない(笑) 低声系が地声のように聞こえるが、これは当時「土管ベース」の文化が無かった証左でもある。
同年の早稲田グリー第13回定演(1965/12/12,13 東京厚生年金会館大ホール)でも同じ顔ぶれで演奏された。
付言すると、山古堂主人はたった一つだけ、本当にきちんと演奏した「枯木と太陽の歌」の記録を聴いたことがあります。
それは現役時代のことで、ドイツ語版「枯木と太陽の歌」をドイツの合唱団が歌ったというオープンリールでしたが、2年前に早稲田グリー現役の事務所で探した時には、もうそのテープは消えていました。
大変に残念。
「十の詩曲」より(男声版初演)
1)雄々しく進もう
2)歌
作曲:D. Shostakovitch
訳詩:安田 二郎
編曲・指揮:福永 陽一郎
この第14回東西四連では、何と言ってもこの「十の詩曲」が伝説となっており、数年前にはレコードに収録されなかった残り4曲のオープンリールを同志社OBが発掘して全曲版CDを作成し、一部の関係者に珍重されている。
(但しその4曲は、レコードに収録された2曲とは音質も音像定位も大きく異なっており、レコード用マスターテープが発見されてそれから復刻された、ということではないようである)
「私の長い合唱生活の中での、もっとも強い印象に残る名演奏であった(第30回記念東西四大学合唱演奏会パンフレットより)」とあるように、文筆家でもあった故・福永陽一郎氏が、さまざまな場面で名演だと繰り返し述懐されていたことや、当時の関係者による過剰なまでの「名演」宣伝もあって、録音を聴く前にもの凄く期待し想像も膨らんでしまうから、その反動というべきか、現代の評価法でこの演奏を聴いてしまうと、実は首をかしげる部分も少なくない。
また終曲「歌」では、現在使われている楽譜より半音低い変ホ短調(混声の原譜と同じ)で始まり、最初の数小節で音程が下がってしまっているため、通常ならテナーを苦しめる後半部のHが全音低いAになっていることも、通常なら必ず発生する演奏の破綻(笑)を抑える要因になっている。
だからといってこの演奏が良くない、ということを示唆するのではない。
別に同志社に気を遣っても何にももらえないから率直なところを書くが、同志社独特の発声というのが、この曲に必要なドライヴ感を常に与えていて、特に終曲「歌」中盤からの速いパッセージをエネルギッシュに突き進んでいく一連の音楽の推進力は、いまだにこれを超える演奏は無いし、その速いパッセージの精度も非常に高い。変に「聴かせてやる」だの発声への拘泥だのが無いからこそ、純粋に音楽に没頭出来ているよう思われる。
これぞ同志社。
また、ヴェトナム戦争が進行している時代に演奏したという意義は決して小さくなくて、そういう意味では聴衆と合唱がメッセージを共有出来た稀有な演奏なのではないか。
初演は「ヴェトナム戦争で銃殺されたベトコン少年に捧げられた。
また訳詩の「安田二郎」とは福永氏のペンネームであり、太平洋戦争で失った二人の親友、安田保正・松永二郎というお二人の名から取られたとのことである。
このレコードでは2曲しか収録されていないが、同年12月の「同志社グリー・コンサート'65」という定演で再演されており、そちらはモノラルながらライヴレコ-ドで全曲が収録されている。
終曲では音程が下がっていないから、やはりテノールがやや苦しいし、東西四連よりはやや精度に欠ける。
定演の最終ステージですしね、声が持ちませんよ。普通は。
蛇足ながら、1988年だったか、かの東京工業大学コール・クライネスがロシア語で原曲全10曲を演奏している。
山古堂主人は残念ながらコンクール自由曲で演奏した、確か男声版でいう5曲目「鎮魂歌」と、知人に聞かせてもらった定演での終曲「歌」しか聴いていないが、とっても良かったねえ。
「Jagdlieder」より
1)Jagdmorgen
2)Fruehe
3)Bei der Flasche
作曲:R. Schumann
指揮:木下 保
Pf:辻 敬夫
ドイツの男声合唱団というのは、オペラ系の声で重厚に行くタイプと、ウィーン少年合唱団OBといった感じの軽い声で揃えるタイプの大きく2通りあって、ロマン派のシューベルト・シューマン・メンデルスゾーンあたりは後者がふさわしい。
この頃の慶應はその中間(笑)。リズム感は重くないが、テノールの声がかなり立派なので、狩という貴族の野外娯楽の感じがもう少し欲しい・・・というのは贅沢か。
後年のモビルスーツのような演奏よりは、まだずっと良く馬のギャロップが見える。
まだ低声系が薄いが、声の「芯」を大切に保持しようという心構えが見られ、変に息を流した吼え声にしないから、悪い方向ではない。
男声合唱のための組曲「蛙の歌」より
1)鰻と蛙
2)蛇祭り行進
作詩:草野 心平
作曲:南 弘明
指揮:木下 保
1960年代から1980年代までには大学合唱団で時折演奏され、最近は大学OB系合唱団やおぢさん系合唱団などの演奏会でのリバイバル登場もある作品。
草野心平氏の詩に魅せられた作曲家は多く、特に「蛙」系と「富士山」系は合唱組曲になったものもある。
「蛙」系では堀悦子「蛙(のちに「蛙の歌」として出版)」、多田武彦「蛙」「蛙・第二」、高嶋みどり「青いメッセージ」、そしてこの南弘明「蛙の歌」と、男声合唱に携わった方なら題名を聞いたことがあるでしょう。
作品はオーソドックスなスタイルで、わずかに蛙の匂いがする(笑)のが秀逸。
1950年代の第一次合唱組曲ブーム(と勝手に名付けていますが)の頃、ちょうど作曲家が技量を試しに前衛/実験音楽的な合唱作品か、あるいは当時の一般的な合唱団の技量に合わせたいわゆる商業ベースに乗る合唱作品(大衆への迎合とかそんな話じゃなくて)を作るかといった、器楽作品の作曲で起こっていた進化を合唱に持ち込み始めた頃の作品でしょうか。
「鰻と蛙」冒頭の「ガギグゲゴ~」を木下先生の指示で鼻に抜いた平べったい声で歌い始めるなどの演出はあるが、全体に演奏もオーソドックスで、歌い手も少し余裕を持って楽しんでいるようにも感じる。
1977年(第26回)から2003年(第52回)までの27年間
※演奏会プログラムのメンバー名簿による
※但し、慶應義塾は第50回と第52回に1年生も出演。
グラフ作成:山古堂
四連と聞いて「浦和川越松山熊谷」とスラスラ即答したローカルなキミ、逝ってヨシ。
キミのせいで一時期「へぇ~、大学にも四連ってあるんだぁ」ぬぁんてのたまう女子大生が出たのです。
昭和26(1951)年の暮れ、東西四大学合唱連盟が成りました。4団が集まっての設立会というものがあったかどうか不明ですので、前回御紹介した慶應ワグネルOB・高橋氏の記述にある正式提案の日に4校の基本合意を得たものとして、昭和26(1951)年10月20日(土)を東西四連設立の日としましょう。
栄えある第1回合同演奏会(昭和27/1952)は、関東では未だ合唱を聴きに行くという風潮が根付いていないという理由で、関西での開催としたそうです。
以降、関西と関東で毎年交互に開催することとしました。ということで奇数回は関西、偶数回・特に10の倍数回の記念演奏会は全て関東で開催となるのでした。
東西四連が始まって数年後、関東開催の年には関西で同関交歓演奏会、関西開催の年には関東で早慶交歓演奏会が開催されるようになります。
また、東西四連の設立準備より僅かに早い取り進めで、早稲田の主唱で東京六大学合唱連盟の設立が進められ、昭和26(1951)年の11月に東京六大学合唱連盟が設立されました。
略称は「東京六連」で、第1回合同演奏会は東西四連と同じ昭和27(1952)年。
なお、この東京六大学とは野球の東京六大学と同一で、また基本的に男声合唱団の連盟として成立しました。このうち明治大学は当初、男声合唱団が無かったので混声合唱団が出演していましたが、その後「日本一の男声合唱団を目指す」という大変立派な設立趣旨を標榜した明治大学グリークラブが昭和33(1958)年秋に始動し、昭和34(1959)年の東京六連第8回定期演奏会から参加、よって全合唱団が男声となります。
加盟団体は創立された順に、下記の6団です。
慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団(明治34/1901年創立) 早稲田大学グリークラブ(明治40/1907年創立) 東京大学音楽部コール・アカデミー(大正9/1920年創立) 立教大学グリークラブ(大正12/1923年創立) 法政大学アリオンコール(昭和4/1929年創立) 明治大学グリークラブ(昭和33/1958年創立) 実は明治グリーの設立年について山古堂主人の推論なんてものがあって、明治グリー御本体が
私たち明治大学グリークラブは1949年に明治大学交響楽団合唱部が組織した、明治大学合唱団(混声)に由来します。 その後、当時学内に男声合唱団がなかったことや、部員の増加などにより男声部独立の気運が高まり、1958年秋、日本一の男声合唱団を目指して百人近い明大生が集まり「明治大学グリークラブ」が誕生しました。 (以上明治大学グリークラブWEBサイト に記載あり)
と明記しておられますけれど、外野の雑音として一応書き留めておきます。
SPレコードの項で御紹介した通り、昭和4(1929)年には既に明治大学学友会音楽部として管弦楽(交響楽団として大正12/1923年に創立)と合唱(当時は女学生さんがいないから男声)が存在したこと、そして太平洋戦争後の昭和24(1949)年に明治大学交響楽団の付属という形で混声合唱団が設立された、という事実の間に、何らかの関連があると山古堂主人は思っているわけです。
だって、交響楽団が突然合唱団を組織する、ってのが不自然ではないですか。
もし学内公募したって、突然交響楽団と歌いたい人がゾロゾロ集まるとも思えない。
だから明治大学以外の東京六大学の各合唱団(男声)のように、復員学徒の中には戦前から続いていた合唱団の所属員がいて、そういう方を核とした合唱サークルが戦後活動を「再開」しており、明治大学交響楽団はそれを合唱団の中核として取り込んだ、と考える方が自然だもの。
その仮説については現在明治大学交響楽団OB会に照会中ですけど、明治大学の学生合唱の系譜として、上記の推測のように戦前の合唱団から連綿と続いていると考えるべきで、明治大学グリークラブがその系譜から全く別に現れた系統であることは無く、グリーとして分化したのが昭和33(1958)年、という考え方もあながち外れていないように思われます。
もっと蛇足を書いちゃうと、現代においては「日本一の男声合唱団」の客観的な意義付けが出来ないのですが、山古堂主人の耳と主観で言えば、明治グリーは第31回東京六連「流氷のうた」(湯山昭作曲/昭和57/1982年)でその年の早慶同を超え、関西学院に肉薄する掛け値なしの素晴らしい演奏をした。残念なことに関西学院を超えた、と書けないのは、その頃の関西学院は史上最強というか異常だったから(笑)
だってこの年の関西学院たら第31回東西四連で神の領域にあと一歩の「ギルガメシュ叙事詩《前篇》」、第51回リサイタルではあの超絶の「川よとわに美しく」と後日に再収録して東芝から発売された超絶の「尾崎喜八の詩から」なんてぇ化けモンみたいな演奏やっちゃってるんだもん。
人数も120人とかいたし、あれにゃ誰も勝てねぇよ(笑) だから「日本二の男声合唱団 in 1982」。
明治グリーの演奏では前年の第30回記念定演「五つのラメント(改訂版初演か)」も、翌年の第32回東京六連「ゆうべ、海をみた(委嘱初演)」も山古堂のお気に入りです。もともと合唱団として変な癖が無い(個性が無いということではない)から、良い声が揃った年や有能な学指揮のいる年は本当に良い演奏をする。これ、1980年代の関西大学グリークラブと同じ美点です。
そうそう、初演と違う「解釈」だというだけで他団の「ラメント」の演奏を全く認めない一部のあなた達、了見狭いよ、一緒に飲んでも酒がまずいよ。
初演時に指導に来た作曲者の指示とは逆の奏法だとかいう理由だったけど、そんな理由ならフルトヴェングラーの名演の半分はダメだよ。
作曲家だって自分の手を離れたらどう解釈されても仕方ないという覚悟があろうし、そういう手垢に耐えられる作品を書くべきだし(と高田三郎氏がどこかで言ってたな、いや、逆説で「俺の作品はどう演奏しても俺のメッセージが伝わるように書いてある」だったか)、だいたい作曲者の決めたたった一つの「解釈」しかない合唱曲なんてのがあるのなら、そんなのは初演と同時に滅びるべきだ。
公共の電子を使いゴチャゴチャ記しまして、失礼しました。
ということで、東西四連、東京六連とも昭和26(1951)年の連盟設立で、その翌年から合同演奏会を開催していますから、演奏会の回数が同じなわけです(平成16/2004年は共に第53回)。
ちなみに早大女声合唱団も本当に存在しました。ホントのことです。
昭和26(1951)年春に発足、翌昭和27(1952)年には単独演奏をしたという記録があります。
また初代メンバー18名全員の名前も判明しています。
その方々が御健在でしょうから多くは語れませんが(笑)、早稲田グリーの往年のOBの方が酒の席で仰ったことには「シロートの女学生さん達のコーラスを早稲田グリーが一体になって指導し、立派な合唱団に育てることによって、早稲田グリーの実力も世間に認められるだろう、という考えさ」というお話でした。
が、当時はやっと女学生さんが大学に入り始めた時期ですし、やはりそこは早稲田グリーの新入生獲得のための色仕掛け、という下心があったという話もあります。
ちなみに当時日本女子大学合唱団に嫌われるようなことをしたという話は全く聞きませんでした(爆)。
何にせよ、その発想と実行力、さすが政界やマスコミ界に多くの人材を送り込んでいる早稲田だけのことはあります。
一時は30名くらい在籍者がいて、慶應ワグネル女声とも交流があったそうですが、結局8年ほどでその使命を全うし、というかやはり当時の早稲田に入学してくるような女学生さんには女声合唱の人気があまり無かったようで、昭和34(1959)年頃に消滅したとのことです。
なお、混声合唱団でも東京の六大学による連盟がありますが、こちらは後発なので「混声」と添えて「東京六大学混声合唱連盟」という名称になり、略称は「混声六連」です。こちらは下記の6団。
早稲田大学混声合唱団 明治大学混声合唱団 法政大学アカデミー合唱団 東京大学柏葉会合唱団 慶應義塾大学混声合唱団学友会 青山学院大学グリーンハーモニー合唱団 第1回定期演奏会は昭和34(1959)年に開催、平成16(2004)年5月に第46回定期演奏会を開催予定。。
蛇足ながら東大柏葉会と慶應楽友会は他大学の学生も受け入れています。
一緒に整理しておくと、関西では関西六大学合唱連盟が男声、関西学生混声合唱連盟が混声。
関西六大学合唱連盟は略称「関西六連」。
設立当初はいわゆる「関くゎん同立」と京大・神戸大だったのですが、その後紆余曲折あって下記の6団となり、その後ほぼ30年間の活動をしてきましたが、人数の減少や他の行事と時期的に重なる等といった個々の団の事情もあって、残念ながら平成15(2003)年11月の第29回定期演奏会を以って、合同演奏会は中止となりました。
関西学院グリークラブ(明治32/1899年創立) 同志社グリークラブ(明治37/1904年創立) 立命館大学メンネルコール(昭和22/1947年創立) 関西大学グリークラブ(昭和24/1949年創立) 甲南大学グリークラブ(昭和27/1952年創立) 大阪大学男声合唱団(昭和27/1952年創立) 関西学生混声合唱連盟は略称「関混連」。
下記の6団で、平成16(2004)年6月に第35回定期演奏会を開催予定。
同志社学生混声合唱団C.C.D.( Collegiate Choral Doshisha) 立命館大学混声合唱団メディックス 神戸大学混声合唱団アポロン 関西大学混声合唱団ひびき 関西学院大学混声合唱団エゴラド 大阪大学混声合唱団 一応記しておきますが、これまでに出てきた各団の創立年は、その合唱団の母体となる聖歌隊なり同好会的な集まりなり、あるいは教育学部音楽専攻科の有志なりといった前駆的活動があって、しかる後にある程度陣容が整ったところで、例えば初の対外的な演奏を行ったとか、あるいは団名を命名したとか、晴れて結団式をしたとか、そういうエポックの年が創立年とされています。
ずいぶん脱線しました。東西四連に話を戻します。
コンクールで鎬を削っているようなハイレベルな合唱団が連盟を組み、合同演奏会を催すということでしたが、現在と違って合唱組曲といっても「月光とピエロ(清水脩曲/堀口大學詩、1949)」しかない頃ですから、最初の頃は愛唱曲などを数曲まとめて1ステージ構成とし、それを各校2ステージ演奏して、最後にこれも愛唱曲程度の合同演奏をする、というものでした。
初期の合同演奏曲には「いざ起て戦人よ」なんかがあったりします。
また、第2回(昭和28/1953)の東京公演では二日公演を決行、危惧した通り、客席が半分しか埋まらず大赤字になったそうです。
何回か演奏会を重ねるうち、ただ集まって愛唱曲を披露するだけでは連盟を組む意味が無い、とか、マンネリである、ということで、一時は連盟解散という話にもなったそうです。そこで、第10回記念演奏会(昭和36/1961)で、これまでの演奏会スタイルを一変させ、各校1ステージとして密度を上げ、真っ向勝負の演目をぶつけるようにし、合同ステージも「枯木と太陽の歌」(石井歓曲/中田浩一郎詩、1956)を堂々歌い上げたのです。
この演奏会スタイルが現在まで続いています。
なお、東西四連は当初から昼夜なり二日なりの二回公演でしたが、第40回(平成3/1991)から1回公演となります。
やはり集客力の問題のようですが、詳細は耳にしていません。
会の名称も何度か変更があったようで、現時点で判る限りでは下記の変遷です。
第1回~ 「東西四大學合唱音楽會」 第4回~ 「東西四大学合唱連盟第○回合同演奏会」 第10回~ 現行の「第○○回東西四大学合唱演奏会」 第10回記念演奏会(昭和36/1961)以降については、別項で記しています通り、ほとんどの音源を整備しました。
ここでは演奏そのものについては触れませんが、第13回(昭和39/1964)では各団が校歌を歌い始めると客席から歓迎の拍手が起こったり、第20回では同志社が単独ステージで初のオーケストラ伴奏(それが何と関西フィルの前身で、その前年に創立されたばかりのヴィエール室内オーケストラ)をつけたり、演奏中に客席が完全に静まり返って曲間になると盛大に咳払いが聞こえ(特に関西学院)、あるいは数多くの作品が意欲的に初演され、あるいは最大で330名もの大人数が舞台狭しと並んでホールを鳴らし、拍手喝采に目を潤ませ、演奏後は夜を徹して美酒杯を乾かさない、そんな演奏会です。
東西四連における初演作品を以下に記します。
(早慶交歓・同関交歓における初演を含む、第10回~第52回分までの把握分)
委嘱初演 「わが歳月」
大中恩
同志社
第13回
昭和39/1964年
「中原中也の詩から」
多田武彦
関西学院
第16回
昭和42/1967年
「北斗の海(改訂版)」
多田武彦
早稲田
第26回
昭和52/1977年
「ことばあそびうたII」
新実徳英
関西学院
第27回
昭和53/1978年
「ギルガメシュ叙事詩《前篇》」
青島広志
関西学院
第31回
昭和57/1982年
「ギルガメシュ叙事詩《後篇》」
青島広志
関西学院
第32回
昭和58/1983年
「青いメッセージ」
高嶋みどり
早稲田
第33回
昭和59/1984年
「鐘の音を聴け」
新実徳英
関西学院
第33回
昭和59/1984年
「繩文ラプソディー」
荻久保和明
早稲田
第36回
昭和62/1987年
「白き花鳥図(改訂版)」
多田武彦
関西学院
第44回
平成7/1995年
男声版初演 「MISSA MATER PATRIS」
ジョスカン・デ・プレ
皆川達夫編
慶應
第10回
昭和36/1961年
「十の詩曲」
ショスタコーヴィッチ
福永陽一郎編
同志社
第14回
昭和40/1965年
「海の構図」
中田喜直
福永陽一郎編
合同演奏
第19回
昭和45/1970年
「Messe Solennelle de Sointe Cebile」
グノー
福永陽一郎編
同志社
第20回
昭和46/1971年
「三つの抒情」
三善晃
福永陽一郎編
同志社
第21回
昭和47/1972年
「海の構図(改訂版)」
中田喜直
福永陽一郎編
合同演奏
第22回
昭和48/1973年
「ミサ曲 ホ短調」
ブルックナー
遠藤雅夫編
早稲田
第23回
昭和49/1974年
津軽の音素材による合唱「四季」
田中利光
福永陽一郎編
早稲田
第24回
昭和50/1975年
歌劇「タンホイザー」第3幕から
ワーグナー
福永陽一郎編
合同演奏
第25回
昭和51/1976年
「繩文」
荻久保和明
早稲田
第32回
昭和58/1983年
「若人の歌」
佐藤眞
早稲田
第42回
平成5/1993年
「淡彩抄」
別宮貞雄
北村協一編
慶應
第51回
平成14/2002年
合唱編曲版初演 リヒアルト・シュトラウスの歌曲による
「愛の詩集」
福永陽一郎編
同志社
第16回
昭和42/1967年
「Seven Beatles Numbers」
宮島将郎編
関西学院
第20回
昭和46/1971年
「CHANTS D'AUVERGNE
(オーヴェルニュの歌)」
北村協一編
関西学院
第45回
平成8/1996年
本邦初演 (はっきり判っているもののみ)
「MISSA MATER PATRIS」
ジョスカン・デ・プレ
Eliot Forbes編
同志社
第32回
昭和58/1983年
「MISERERE(男声版)」
ドニゼッティ
福永陽一郎編
同志社
第34回
昭和60/1985年
「ドイツ民謡集」
同志社
第35回
昭和61/1986年
その他、慶應のコダーイの原語演奏やシベリウス「六つの合唱曲」も、本邦初演かも知れません。
上記以外にも、東西四連の各団によって定期演奏会や東京六連・関西六連で初演された演目は大量にあり、例えば多田武彦氏の作品だけでも下記のものがあります。
関西学院
中勘助の詩から
雪明りの路
航海詩集
白き花鳥図
尾崎喜八の詩から
早稲田
北国
北斗の海
ポピュラー・ソング・アルバム1(「アカシアの径」を含む5曲)
同志社
雪と花火
三崎のうた(改訂版)
慶應
草野心平の詩から
また、福永陽一郎氏や北村協一氏による歌曲やミュージカル等の男声合唱編曲の初演も数十曲に及びます。
各団の人数推移については、手許の資料から作成したので第26回(昭和52/1977年)以降しか判りませんが、
別ページの推移グラフ を参照願います。
最後に、東西四連の発展に御尽力・御貢献された方は、指揮者・ピアニスト・ヴォイストレーナーの諸先生を始め、学生指揮者やマネージャーの方々など、数多くおられますし、もちろん東西四連のステージを踏んだ歌手全員が歴史の担い手であり、その一人一人に今でも熱いものが残っているかと思いますが、ここでは代表として下記の文章を転載し、この項をお開きとさせて頂きます。
<「東西四連」30年に思う 福永陽一郎> (1981/06/21 第30回記念東西四大学合唱演奏会プログラムより、原文まま) 「東西四連」の30年は、大学合唱と指揮者としての私との関係においても、30年の歴史を意味する。 1953年の第2回の演奏会(東京で初回)で合同演奏の指揮をしたのが、私が大学の合唱を指揮した最初であったのだから。それ以来、合同指揮者として、同志社グリークラブ、早稲田大学グリークラブの指揮者として、ほとんど欠けることなく、この日本で最高水準にある合唱祭を、共に体験してきたのであるが、振り返ってみると、「四連」の歴史はまた、日本の合唱活動史の30年でもあると、つくづく思い到る。 この30年間に、日本の合唱界は実に大きな飛躍を遂げているのであるが、たとえば、この30年間の「四連」の、うたわれた曲目の変遷や、指揮者の顔触れや交替など、実に日本の合唱音楽のこの三分の一世紀の変革そのものを如実にあらわしている。例を挙げて言うと、合同合唱の曲目は、第1回や第2回ではアルカデルトの「アヴェ・マリア」であり、「希望の島」「いざ起て戦人」であって"戦前"そのままである。 それが第10回で「枯木と太陽の歌」が全曲演奏され、第16回でワーグナーのオペラの中の、それこそ、四連の合同演奏でこそ完璧の演奏が可能になると言ってよい曲目が合同合唱の曲になる。 単独のステージでいうと、はじめのうち、それぞれの愛唱曲の展示会の観があったプログラムが、第10回、各団演奏がそれぞれワンステージになると共に、これまたそれぞれの合唱団が、その時点の実力を発揮すべく、案としても演奏効果としても、練りに練ったものが出されるようになり、「四連」の曲目は、その時点の日本の合唱界の、技術的にも内容的にも最高の基準になるものと見られるようになった。 「四連」30年のはじめの半分のうちに、4大学とも、合唱コンクールに出場しなくなった。 その結果、コンクールに出なくなることが、大学合唱団として一段上のレベルに見られるという現象もおこった。 そして、「四連」は全日本合唱コンクールの大学の部より、うんとハイレベルの競争の場になった観を呈した。「四連」の仲間は、連帯意識も強いが、競争心の戦いもまた激しいのである。 「四連」での演奏が、それぞれの定期演奏会の成果を上廻っていると思わせられたことが、しばしばある。 毎年毎年、超満員の聴衆を集めてきた「四連」は、そのこと自体、いかに注目すべきイヴェントであるかの証明になっている。と同時、「四連」を構成する4大学の合唱団それぞれの、合唱音楽に対する意識の高さの保持こそ、日本の合唱界が誇ってしかるべきものであり、そのための"場"としての「四連」は、いまや、かけがえのない存在となっているのである。 「四連」は、大学が持続するかぎり、限りなく回数を重ねるにきまっているが、単なる年中行事に堕することのないことを、切に期待したい。
山古堂主人として、当時の先輩方の胸に去来するものについても私なりに理解した上で、一つの歴史としてニュートラルに筆を運んでみます。
前回に記しました第1回早関交歓演奏会が開催される半年前の昭和25(1950)年春、早稲田グリーで大事件が起こります。
当時の早稲田グリーは、太平洋戦争からの復員後早々にプロとしての音楽活動を始めていた早稲田グリーOB・磯部俶氏/昭和17(1942)卒を常任指揮者とし、磯部氏の指導を受けながら戦後のグリークラブ建て直しと演奏活動の充実を図る、という方針で3年が経過しようという頃ですが、前年の昭和24(1949)年後半頃から、
A)もう磯部先生の指導を乞わず、現役学生のみによって自立すべきである B)いや、磯部先生のおかげでやっとここまで来た、これからが更に大切な時期だ という議論が沸騰します。
A)を唱えたのがこの年の学生指揮者。
学生指揮者に限らず、上の学年とは違う新機軸を打ち出したいという本能は、いつの時代にも存在します。
特に早稲田はその気風が強いかも知れません。
総論的に言えば、既存のスタイルに反発するのが若者の特権ということでもありましょう。
また戦後すぐでしたから、日本の風潮全体が既存の価値観の大転回という渦中にあった、ということもありましょうか。
結局、団内での激しい論議の末にも溝が埋まらず、「磯部指導体制支持/不支持」の全員投票を敢行し、学生指揮者を中心とする不支持派が遂に早稲田グリーから分離しました。
不支持に賛同する多くの部員を引き連れて独立した学生指揮者が関屋晋氏、独立した合唱団は「コール・フリューゲル」という名称で、早稲田グリーとは別個に活動を開始します。
関屋氏は卒業後も永くコール・フリューゲルの指導をし、現在は「桂冠指揮者」となって、常任指揮者は関屋氏の薫陶を受けた清水敬一氏となっています。
コール・フリューゲルは創立当初から「少数精鋭」を打ち出していますが、実際に「少数」であったかどうかはともかくとして、そこに「磯部指導体制の是非」云々だけではない、合唱団の技術的な運営方針にかかる関屋氏の考えがあったであろうことも推測されます。
また関屋氏は湘南市民コール・松原混声合唱団という2つの優秀な合唱団を率いてコンクールで一時代を築き、、現在はその2団を中心とする関屋氏指導下の合唱団が合同活動する際の呼称「晋友会」を率いて、サイトウ・キネン・フェスティヴァルや来日する大物指揮者からの合唱出演要請を受けるなど、さまざまなイヴェントで世界的な合唱指揮者としての地位を確立しています。
この分離が生じた時に、期を同じくして当時創立直後の早稲田大学混声合唱団(早混、昭和24/1949創立)などの他団に移った方もおられ、百名を超えていた早稲田グリーは20~30名までになったと聞いたことがありますが、とにかく戦後第1回目の関東コンクールで優勝し、上昇気流に乗ろうとしていた早稲田グリーが一転、危機を迎えます。
この危機の収拾が容易ではなく、後遺症も小さくなかった。
この昭和25(1950)年は定例行事としての6月の関東合唱祭と11月の関東コンクールは不出場とし、また同年11月24日(金)の第1回早関交歓演奏会は、開催はされましたが、早稲田グリーが単独で歌ったのは校歌のみで、その他は関学との2校合同演奏(ドイツ・ミサ/シューベルト)と、関学・東京家政学院・日本女子大との4校合同演奏(メサイア(ヘンデル)抜粋)、そして関学や女声の単独演奏でした。
この早稲田グリー史上最大の危機を強い使命感と意志で乗り切った当該年度の責任者は楢木潔身氏/昭和26(1951)年卒、マネージャーは内田裕和氏/昭和27(1952)年卒で、このお二人を含む「残留メンバー」の結束と努力があればこそ、早稲田大学グリークラブの今があります。
この危機を打開し「早稲田グリーが早稲田大学を代表する男声合唱団である」ことを示すために、という意図もあったと聞きますが、恐らく正しくは「早稲グリが早稲グリであるために」、
1)東西四連の設立 2)東京六連設立を主導し実現する 3) 早大女声合唱団の立ち上げによる「兄妹」作戦 という企画が立案され、全て実行に移されます。
東西四連については、早稲田は関学との絆が出来、慶應もちょうどこの頃に同志社と交歓演奏会を始めていて、慶應も関学と交歓演奏会を持ちたい、それならば4校合同で演奏会をやれば良い、ということで早慶とも合意、ここに東西四大学合唱連盟の骨子が固まります。
慶應と同志社が交歓演奏会を始めた経緯については、山古堂主人は情報を持っていませんが、「コンクールに批判的な慶應」と「職人肌の同志社」で上手くウマが合ったのでしょうか。
面白いことに、陸上競技などの体育会系競技会においても、早慶戦は勿論、早関戦と慶同戦が昔から行われています(2000年には学院創立111周年の関西学院が提唱し、共同開催の「早慶同関陸上競技大会」として開催されたそうです)。
また山古堂主人が現役だった1986年には、弓道場に早慶同関弓道交流戦の記念ペナントが飾られていました。
早関/慶同に限らず、この時期から今で言うジョイントコンサートが活発になりますが、それにしても早慶同関というのは、何とも実に絶妙な組み合わせではありませんか。
ここで、第30回記念東西四大学合唱演奏会(昭和56/1981年)のプログラムから立役者の早慶お二人の文章を転記します。
東西四大学合唱連盟設立について簡潔に記されています。
文字化けしそうな旧字体を除いて原文まま。
忘れ得ぬことども 昭和27(1952)年慶應卒 高橋和夫 昭和26年の初秋9月11日の午后、新宿風月堂に早慶の幹事が集り、六大学の合唱連合の件と、早慶・同関の交歓の件が検討され、六大学設立の準備は早稲田の内田君が責任をもって行うこととし、早慶同関についてはワグネルの私が設立の準備の責任をもつことになり、以后種々の交渉を経て、26年10月20日、京都プルニエにて開催された、同志社グリー主催のワグネル歓迎パーティーの席上(特に関西学院グリークラブ幹事4名を招待していただく)、早慶を代表して私が四大学の交歓演奏会を行うことを正式に提案しました。 当時の音楽界は日響がNHK交響楽団と改称した年であり、外来演奏家として戦后初めてバイオリンのメニューヒンが来日し、東京で切符が手に入らず、幸い関西のOBのお世話で道頓堀の松竹座で聞いたことを昨日の夜のことの様に思い出します。 亦合唱界は、朝日新聞社主催の合唱祭・合唱コンクール全盛期で、同志社、関学の関西の1位争いは壮絶を極め、全く犬猿の仲で、コンクールに批判的であったワグネルが強く希望したことは、音楽することを自らの独立自尊の精神の下に置くことでした。 楽譜を自由に交歓することもその友情と共に重要なことの一つでした。 東京六大学及び、東西四大学合唱連盟は、戦后全国に先がけて、早慶同関の若者によって創られたものです。 尚当時の世相と申しますと、敗戦后の連合軍の占領下にあり、三鷹・下山事件を経て総評が結成され、講和条約発効の前年に当り、主食の米は配給であり統制経済下にありました。パチンコが流行しはじめたのもこの年です。 明るい話題として、東京-大阪間を特急さくらが8時間で走ったことで、このことはスピードの改新であり東西交流の重要なコミニケーションの源流でした。 四連結成の忘れ得ぬ人々として、・・・・・・先年相ついで他界された 慶應OBで詩人の藤浦恍先生、同志社OBの小野義夫先生のお二人は四連にとって大切な恩人です。 その他会場を提供して下さった大阪サンケイ会館の同志社OBの橋本さん、西宮の白鹿の辰馬さん、連絡場所や会員券の販路をつけて下さった当時の大阪慶應倶楽部の常任幹事藤田太郎先輩、ペナントを作って下さった大阪大丸の山本晋さん・・・・・・は記憶にとどめておきたい方々です。 設立のため苦疲を共にした人々は、同志社・土肥、日下部、中井、山田、戸町の各氏、関学・児玉、松浦、大谷、小林の各氏、早稲田・内田、中野、坪井、田中の各氏、そして慶應・中村、村田、松倉の各氏であります。みんなきっと今日の隆盛をよろこんでいると思います。四連の発展と関係OB各氏の健康を祈るばかりです。 四連出産のこと 昭和27(1952)年早稲田卒 内田裕和 30年経ったんですねえ。私個人としては、昨年銀婚式を終え、この5月には長女が嫁に行き、年とったなあと痛感しています。 反対に四連の方は年々活気が増して若返って行くような気がします。 喜ばしいことです。 そもそも四連はというと、―――今日ご来場の方々の大半がまだ生まれていない頃、そうつまりは30数年前のお話です。昭和24年大阪で全日本合唱コンクールがありまして、早稲田が学生優勝、関学が一般優勝(何故かこの年OBを交えたため)という結果になり、早関が初めて顔合わせしました。 幹事間の話合いで急遽、翌日早稲田が関学学校ホールに招待され、一夕それはそれは楽しい交歓会になりました。その折正式な両校交歓演奏会を始めようと言うことことになり、場所はコンクール決勝開催地(当時は東京か大阪でした)、時期もその直後と決めました。これはどちらも必ず地域代表になると言う、虫が良い、図々しい前提があったからです。 何となれば往復交通費は合唱連盟から補助があるからです。 明けて昭和25年、早稲田は事情があり不参加。 関学は方針通り関西優勝として上京、早稲田大隈講堂で第1回早関交換演奏会を開きました。 翌昭和26年、又々決勝は東京。 関学上京、第2回早関を東京家政学院講堂で行いました。 早稲田は此の年東京六大学の結集を主唱、秋11月には明大講堂で結成大会を開くまでになっていました。 ここで慶應、同志社の登場なのですが、両校は此の年第1回慶同演奏会を開き急速に親しくなっており、慶應としては関学とも交歓したいから、早稲田も同志社とやれよとのこと。 言うのは易いのですが、費用、スケジュール等で実現は無理なことです。 方法は一つです。 四つまとめて一つにすれば良いと言う頭の良い解決方法でした。 そこで連盟結成。 但し六連のように近い者同志でないため第1回は正式演奏会として、翌昭和27年にと言うことになり手をしめました。 慶應の申し入れがなかったら、今でも、早関、慶同と別々に続いていたかも知れません。 六連、四連共同じ年に生れ30歳、常に独身男が歌い続け、還暦になっても米寿になっても、観客を魅惑し続けて行くことは確実です。 再び思います。若いなあ。
追記。
この時期の早稲田グリーに関係するトピックス。
昭和26(1951)年7月12日(木)、神奈川県津久井郡「夫婦園」での早稲田グリー夏合宿で、名曲が誕生します。
そう、あの「遥かな友に」です。
作曲の経緯詳細は磯部氏の文筆が出ていますので省略しますが、要は、宿の枕の数が少し足りなくて、取り合いという娯楽が毎晩勃発してしまうので、静かな曲でも歌って聞かせて抑止力に出来ないか、ということから、磯部氏が数時間で作詩作曲された、ということです。
初演は当時のパートリーダー、T1内田裕和氏、T2中野昭氏、B1玉崎洋一氏、B2澤登典夫氏(共に昭和27/1952卒)で、当初の目的に適い、大成功であったとの由。
平易な旋律と友を思うシンプルな歌詩。
それまでにあった激動、すなわち太平洋戦争――戦後初の関東コンクールで優勝――その3年後にコンクール全国大会制覇――「分裂」と人数激減――コンクール欠場――粉骨砕身の早関交歓演奏会への準備という背景を重ねる時、この曲に託された思いは如何なるものであったか。
また、この激動を受けて、その翌年の昭和27(1952)年に早稲田グリーOB会、及び同時に早稲田グリーOBによる東京グリークラブが創立され、早稲田グリーOBを組織化しての現役バックアップと、そして何より卒業後も歌える場が提供されました。
後に稲門グリークラブと改称され、現在は東京稲門グリークラブという名称で精力的に活動を続けています。
「OBによる手本」を示そうという趣旨もあったのかどうかは判りませんが、稲門グリークラブは合唱コンクールでも好成績を収め、現役・OBでアベック優勝したこともあります。
この稲門グリークラブと早稲田グリー現役、そして早稲田大学の音楽団体では歴史・規模とも早稲田グリーと双璧を誇る世界屈指の学生オーケストラ・早稲田大学交響楽団(通称ワセオケ、大正2/1913年創立)という、早稲田関係者のみによって、1975年にショスタコーヴィッチ交響曲第13番「バビ・ヤール」が本邦初演されるという歴史的なイヴェントがありました。
これはショスタコーヴィッチ追悼と銘打った二日公演で、プロ団体の度肝を抜く偉業でもありました。
早稲田グリー関連の補足をしますと、バス独唱はグリーOBで欧州でも活躍したオペラ歌手、現在も歌曲の演奏会等を精力的に続けておられる岡村喬生氏/昭和29(1954)年卒、また初演は邦訳で行われましたが、その訳者もグリーOBの伊東一郎氏/昭和47(1972)年卒、現在早稲田大学文学部教授(露文)です。
交響曲 第13番 作品113“バービィ・ヤール”
(バス独唱と男声合唱及び管弦楽のための)
作曲: ドミトリー・ドミトリエヴィチ・ショスタコーヴィチ
(1906/9/26~1975/8/9)
作詩: エヴゲニィ・エフトゥシェンコ
訳詩: 伊東 一郎(早稲田大学グリークラブOB)
指揮: 山岡 重信(早稲田大学交響楽団OB)
独唱: 岡村 喬生(早稲田大学グリークラブOB)
管弦楽: 早稲田大学交響楽団
合唱: 早稲田大学グリークラブ、稲門グリークラブ
昭和50(1975)年12月5日渋谷公会堂、及び12月7日東京厚生年金会館大ホール
以下はレコードジャケットより、原文まま。
早稲田大学交響楽団グリークラブ楽友会主催、早稲田大学学生部後援によるショスタコーヴィチ追悼演奏会は、1975年12月5日・7日の両日、各々渋谷公会堂と新宿厚生年金会館大ホールに於て催された。 プログラムは同年夏急逝した作曲者を偲んで、映画「ハムレット」の音楽と交響曲第13番「バービィ・ヤール」を日本初演するというものであった。 演奏は、指揮者に早稲田大学交響楽団OBの山岡重信氏、バス独唱に早稲田大学グリークラブOBの岡村喬生氏を迎え、管弦楽を早稲田大学交響楽団、合唱を早稲田大学グリークラブの各々現役OBによって構成するという、いわばオール・ワセダによる大規模なものであった。 公演は両日共に成功を収め、その成果は音楽界より多くの賛辞を浴びることとなった。 このレコードは、公演の2日目にあたる12月7日、厚生年金会館大ホールに於ける交響曲第13番、日本初演の実況録音である。
録音を聴くと、やはりワセオケが上手い、というのもありますが、岡村喬生氏が凄い。
合唱はほとんど低声系ユニゾンなので、評価しようにもなかなか(笑)
山古堂主人のさして広くない交友関係の中ですと、「東西四連」という言葉を当たり前のように使っても知らぬ者はないのですが、このインターネットの世界は間口が12741.9Kmほどありますので、この言葉の説明も必要ですよねえ、、ってことで、今回のシリーズを掲載します。
「東西四連」は、大学男声合唱に関係した方のうち、特に関東・関西地区にお住まいの方にはピンとくる略称です。
でも混声・女声一筋の方には一生を送る上で全く関係ないモノかも知れません。山古堂主人の知る限りの挿話を備忘録的に交えながら、いくらか脱線しつつ、改めて解説しましょう。
なお、内容に誤りがありましたら御一報下さいませ。
「東西四連」の正しい名称は「東西四大学合唱連盟」で、通常はこの連盟が開催する「東西四大学合唱演奏会」を指します。東西四大学というのは、これも正しくは関東・関西それぞれ2校ずつの大学男声合唱団を指します。創立された順に、下記の4団です。
関西学院グリークラブ(1899年創立) 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団(1901年創立) 同志社グリークラブ(1904年創立) 早稲田大学グリークラブ(1907年創立) ご覧の通り、早稲田だけが「大学」なんですねえ(笑)
基本ですが、関西学院は「かんせいがくいん」と読みます。正式なローマ字表記が「Kwansei Gakuin」なので、一部の事情通は「くゎんせいがくいん」と読みます。
ついでに慶應義塾の「義」は鼻濁音ではありません。
さっそく脱線。
聖歌隊の延長として誕生した男声合唱団に英米風の「グリークラブ」と最初に名付けたのが、日本最古の大学男声合唱団・関西学院グリークラブで、この命名が他大学にも浸透し、男声合唱団の代名詞となって行きます。
その後聖心女子大学グリークラブのように、女声合唱団でもグリーと名付ける団が出てきますが、本来的には性別に関係有りませんから、全く問題ありません。
グリーとは「喜び」というような意味の英語ですが(じゃ「喜び組」はグリークラブ?)、そういう気持ちにさせるような曲のジャンル、「Glee」とか「Catch」と呼ばれるジャンルが、18世紀から19世紀のイギリスにあったのです。
社交クラブやパブに集う男性諸氏が楽しむ多声部の小曲、って感じでしょうか。
第1回世界大学合唱祭(1965年に米国ニューヨークにて開催、日本からは関西学院グリーが招待出場)にて「Glorious Apollo」という男声による合同演奏曲があり、その解説に「1780年ロンドンにて、最初のグリークラブのために書かれたグリー曲」とあります。
また、早稲田グリー第12回定期演奏会(昭和39/1964)にも「Five Glees」というステージがあり、
1)The Bells In The Steeple(曲:Giuseppe Sammartini)
2)Punch, An Emblem Of The Medium Of Life(曲:Thomas Arne)
という2曲の録音がライヴレコードに収録されています。
慶應がグリークラブとならなかったのは、詳細はワグネル百年史にありますが、要はドイツの後期ロマン派の巨匠、リヒャルト・ワーグナー(1813-1883)への敬意を顕し、その名を冠したからです。
そもそも慶應は実学を重んじ、先進国ドイツの経済・法律・医学・文学・芸術等の摂取に熱心で、恐らくはその一環で、音楽においても東京音楽学校(東京藝術大学の前身)から指導者を派遣してもらい、学生によるドイツ音楽の実践を奨励したでしょうから、明治34(1901)年当時にワーグナーの目指した総合舞台芸術を実践しようというのはまさにドイツ文化摂取の先端を行くものであり、また慶應の塾生の自尊心を満たしたに違いありません。
で、復線。
この4大学の合唱団は、戦前の大学は女学生さんがいなかったので、いずれも男声合唱団です。
4団とも全て明治時代に活動を開始し、このうち関西学院は戦前・昭和8 (1933) 年の第7回競演合唱祭(今の全日本合唱コンクール)に初出場でいきなり初優勝しちゃう(笑)。
しかもその後何と3連勝して「関学旋風」を巻き起こします。
関学らしいですねえ。
ちなみに昭和10(1935) 年に3勝目を挙げた時の自由曲が、かの秘蔵の名曲「U Boj」。
また早稲田も昭和7(1932)年の第6回競演合唱祭から参加して、昭和15(1940)年の第14回合唱競演会(と改称)で遂に初優勝しました。
その時の学生指揮者が「遥かな友に」作曲者の磯部俶氏/昭和17(1942)卒で、その時の自由曲は「婆やのお家(本居長世作曲)」。
慶應も戦後の一時期に合唱コンクールに参加していますが、あまり成績は芳しくなかったようです。
慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団は、1960年春に畑中良輔氏が合唱指導に加わってから発声が劇的に向上し(畑中先生の述懐では「初練習の数時間で声が変わった、それくらいワグネルは何も知らなかった」そうです)、1960年代中盤からは東西四連でも他の3校を凌ぐような優れた演奏をするようになります。同志社は、後述しますが目の上のくゎんがくが如何ともし難かったようで。
さて、合唱コンクールで好成績を挙げるくらいですから上手い、いや違う、基本的にライバル関係なわけで、この4団の中でもあまり仲のよろしくない、ある一つの組み合わせが1960年代初まで存在しました。
まず早稲田/慶應(以降、大学名の順番は順不同です)は、もともと野球やレガッタ等のスポーツから始まった、まさに大学挙げての好敵手同士で、別に仲が良いとか悪いとか取り立てて言うまでも無かったのですが、早稲田/関学の関係はというと、とにかく早稲田はコンクールでなかなか関学に勝てなかった中で、それでも2、3回は関学を抑えて優勝したりしていたので、ライバルではあってもまだ感情的なレベルまでには踏み込まなかった様子。
今でも古い早稲田グリーOBの中には「あの時変な審査員が一人いて、もしこいつが普通の点を付けてくれていれば優勝出来たのだ」、あるいは古い関学グリーOBの中にも「あの時早稲田に負けたのが悔しくて悔しくて、今でも夢に見る時があるのだ」などど、ニコニコしながら40年以上も前のことをつい昨年のことのように言っていて、大変に微笑ましい(笑)。
後述しますが、早稲田と関学ではその当時から現代に至るまで一貫してその演奏スタイルが異なるので(爆)、そこにお互いに認め合う部分もあった訳です。きっと。
これが東西四連設立の伏線になります。
ところが関学/同志社たるや、犬猿の仲を錦絵に描いて金ムクの額縁に入れたような間柄であったようです。
ええ、ギラギラの犬猿の仲で、イメージ的に関学が犬で同志社が猿?(また脱線しますけど、徹底した反復で仕上げるような練習を、ある関学OBは「パブロフの犬のように」、ある同志社OBは「猿回しの猿のように」と表現していたのを思い出しました。やはり関学が犬で同志社が猿だなと一人でニヤけてしまいましたよ。)
・・・気を取り直して、
昭和30年代までは、コンクールも現代みたいな金賞連発とは訳が違って、関西地区から1校しか全国大会に出してもらえない。
加えて同志社は早稲田と同様に「ビューッと出す発声」だから当時の審査員には渋い顔される方向の団体。
当時のコンクールはフォルテ厳禁、ウィーン少年合唱団のように繊細に丁寧にハーモニーを紡ぎ出すことが高得点の鉄則で、早稲田なんぞもコンクール後の講評で「早稲田のような、思い切り声を出して音楽を鳴らす演奏スタイルが有っても良いかも知れない」というような慰めを書かれた。
この挿話でも分かる通り、関学のスタイルが「審査基準の基準」だったといっても過言ではありません。
それが少し変わってくるのは、昭和29(1954)年に伝説のデ・ポーア合唱団が来日したり、あるいはロバート・ショウ合唱団男声部とかエール大学グリークラブのレコードや楽譜が日本に入り始めたりしてからでしょうか。
とにかく関西学院が合唱コンクールで圧倒的に強くて、戦前に3連勝した上に戦後も6連覇し、更に1回の招待演奏をはさんで(3回勝ったら1回休み、というルールが一時期あったので)2連覇するくらいですから、傍から見れば「審査員に関学シンパがいる」とすら思ってしまうのです。
事実がどうかは、現代の全日本合唱コンクールと同じですな(爆)。
そんな訳で同志社は昭和32(1957)年のコンクールで関学グリー秘蔵の曲だった「デュオパの荘厳ミサ」を引っ提げ、遂に関学を破って全国優勝、それも全審査員が1位を付ける「完全優勝」したことが嬉しくてたまらず、当時生まれていなかったはずの同志社OBまでがつい昨年のことのように話したりします。
ということで、コンクール全国大会にあまり出て来ない同志社と早慶は、一緒のステージで歌うことがあんまりなかったから、恐らく仲が良いとか悪いとかいう話はなかったことでしょう。
そんな戦後の合唱コンクールの黎明期、東西四連設立につながる一つのきっかけが生まれます。
早稲田グリーは戦後初の合唱コンクールで優勝します。昭和21(1946)年のことで、まだ全国大会は無く、関東大会での優勝です。メンバーは23名、指揮は長尾要氏/昭和24(1949)卒。
その翌年から、グリーの戦後復興と音楽活動をより発展させるために、OBでありプロの音楽活動を始めていた磯部俶氏/昭和17(1942)卒を常任指揮者に迎えますが、同年、及び翌昭和23(1948)年と連続して東京大学コールアカデミーに敗れて2位。
他には立教グリー、慶應ワグネル、日本大学(男声)、共立女子、青山学院グリーンハーモニーも出てました。そして昭和24(1949)年、ついに関東大会を突破し、第2回全国大会に出場し、学生の部で優勝、狂喜乱舞。
関学グリーはOBを加えていたので一般の部で出場し、これまた見事に優勝しています。
この年のコンクールが大阪で開催されたことから、早稲田グリーはコンクール翌日の11月24日(木)に関学グリーを表敬訪問し、交歓会を催します。
それまでにもお互いコンクールで相手の演奏を聞くこともあったとは思われますが、磯部俶氏が第30回記念東西四大学合唱演奏会プログラムに記した有名な一文、
「関学は早稲田の明るくて力強いトランペットのようなユニゾンに驚き、早稲田は関学のオルガンのように柔らかくて美しいハーモニーに息をのんだ」 ・・・それ50年経った今でも一緒やん(笑)
岩田尚夫氏/昭和28(1953)年卒の表現では、
「翌日、関西学院との交歓会で関学のチャペルで聴いたあの重厚なハーモニーにはビックリ仰天。同じ学生でどうしてこんなコーラスが出来るのかと舌を巻いた。もっとも、関学も早稲田の底抜けに明るいコーラスと声の輝きに驚いたという。」 ・・・それ50年経った今でも一緒やん(笑) ちなみにこの交歓会には福永陽一郎氏も出席していました。福永氏のお父様が戦前の関学グリーOBであったこと、お父様が亡くなられた後の幼少の福永氏を、関学グリーのマネージャーが親身になって世話をしたこと、また福永氏自身も関学中等部に在籍し、その中等部グリーでの歌仲間が丁度この交歓会の頃に大学グリーに在籍していた、という多くの要因が、福永氏を関学グリーが身内同然に遇し、交歓会にも同席していた理由です。
で、ここに改めてお互いを認め合った早稲田/関学の間に絆が出来、翌年からの定期的な交歓演奏会の開催を約束します。そしてきっかり1年後の昭和25(1950)年11月24日(金)、約束を果たして早稲田の大隈講堂で第1回早関交歓演奏会を開催します。絆だから。
更に記すと、この交歓演奏会のために作曲家であり関学OBである山田耕筰先生にメッセージを頂こうと中野昭氏/昭和27(1952)卒が山田先生宅に伺いました。
そこで話が弾んで、エール交歓で関学は四部合唱の「A Song for Kwansei」を、早稲田は伝統のユニゾンで「都の西北」を歌う、と聞いた山田先生、好意で早稲田大学校歌を男声四部合唱に編曲してあげようと言い出し、その場で中野氏に五線紙を渡してユニゾンの旋律を書かせ、その日の夜8時過ぎには完了したとの電話連絡があって、翌日早速編曲を受け取ったとのことです。
それが昭和25(1950)年11月17日(金)。更に翌18日(土)、この編曲を早速練習し、磯部氏の提案で1番の歌詩をC-Durのユニゾンで始め、3番の歌詩でF-Durの男声四部合唱に展開するという現在のスタイルが固まったのでした。
何だか早稲田グリーは関西学院グリークラブ様に足を向けて寝られませんね(笑)
またも少し脱線。
東西四連設立当時の合唱コンクールがどのようなものであったかの実証として、下記。
早稲田グリーOBの宇野義弘氏(1957)からコピーを頂いた1956年の「合唱界」という雑誌に早稲田グリー特集が掲載され、また同じくコピーを頂いた同年の新聞には何と合唱コンクール予想がB5サイズにギッシリ書かれている。今から50年近く前だと、合唱コンクールも一般世間の耳目を集めていたのだなあ、と嘆息。
で、目を引く記述を転記すると、
1)早稲田は伝統もあるが、昨今急激に力をつけた、関東随一の合唱団。 2)早稲田は他団が克服に苦労しているバスの厚みを既に有しており、 加えてテナーの明るさと絶対的な声量を手に入れつつあって、関学と 一騎打ちになるだろうが、より繊細さに磨きをかけた関学がやや優位か 3)早稲田は在籍300余名のうち実働120-130名
ちなみにこの頃のコンクール結果は、昭和26(1951)年から昭和29(1954)年まで4年連続で、関東大会で横浜国立大グリーに破れ、昭和30(1955)年はついに関東大会を突破して全国大会に出場するも、僅差で関学が優勝。翌昭和31(1956)年は関学が早稲田に大差をつけて優勝、その新聞評(朝日新聞)に「早大は洗練さにまだ数段の差がある」、だそうです。
その審査員達は関学が好きだったのでしょうか、フォルテが嫌いだったのでしょうか。
まさか早稲グリが嫌いだったり(爆)
前回記したとおり、オープンリールのみで音が残されている演奏会の中で、第17回(昭和43年/1968)と第18回(昭和44年/1969)回はオープンリールによってエール交換から合同演奏まで全ステージの録音(但し第18回の慶應ステージに大きなノイズあり)が残されている。
これは恐らく東西四連の各団にコピーが配布されている。
実は2年ほど前、故・福永陽一郎氏の奥様、福永暁子様(通称ママさん)を訪ねた際、故・福永氏の所蔵レコードの中に同志社グリーのカスタムレコードがあって、それは第17回四連の同志社単独演奏「合唱のためのコンポジション3」と第18回四連の同志社単独演奏「四つの仕事歌」をレコードにしたものだった。
・・・・参りました、というか何というか(笑)
<第17回 東西四大学合唱演奏会> 1968/06/23 大阪フェスティバルホール
第17回東西四連パンフ表紙
オープンリールに遺されたプライベート録音ゆえ、開演前の客席のざわつきや、エール交換に先立つアナウンスで早稲田が当初の石丸寛指揮「ロシア民謡集」からシューベルト「ドイツミサ」へと変更して客席がざわめくところ、更には緞帳を上げるモーター音まであますところなく収録されている。
もちろん音質はあまり宜しくないので、イコライジングで調整をしたが、
とにかくテープの劣化が激しく、オープンリールのヘッド位置やテープスピード調整のために再生すると、磁性体が剥がれて茶色い粉が飛び散るという惨状を呈した。
そのため、まずDATに落とし込むことを先決として凄愴の気合で一気に作業を進めたため、それだけで徹夜作業となってしまった。
同志社がかなりゆっくりしたテンポで、四分音符=90前後で始まる。
このテンポだとマーチではなく荘重さを醸し出すので、同志社OBの中にはこの演奏を好まれる方もおられるらしい。
「メンデルスゾーン男声合唱曲集」
1)Der frohe Wandersmann
2)Abendstaendchen
3)Trinklied
4)Abschiedstafel
作曲:J.L. Felix Mendelssohn
指揮:木下 保
メンデルスゾーンの数ある男声合唱曲集からアラカルトで選曲したように見えるが、これら4曲には「四つの男声合唱曲 Vier Lieder op.75」という正式名称がある。
1960年からの木下-畑中ラインによる指導が実効を顕し、このステージでロマン派合唱曲としての成功を収めると共に、発声の面でも他団とは違う響きを備えた「ワグネル・トーン」が明確に聴かれるようになっていて、山古堂主人としては、10回台の東西四連の中では屈指の演奏と評している。
いわゆるメンデルスゾーン男声合唱作品集からのプログラムは、長い東西四連の歴史の中でも何とこの慶応ワグネルのステージのみである。やはり早口のドイツ語な上に詩の量が非常に多いからだろうか(笑)
「合唱のためのコンポジション3」
1)艫
2)羯皷
3)引き念仏
作曲:間宮 芳生
指揮:福永 陽一郎
「コンポ3」のステージで20分というのは、他に例がないのではないか。実は3曲目に細工があって、「シャカシャン~」がリピートされ、しかもリピートでのテンポが1.5倍くらいに上げられていたりするのだが、それはともかく「羯皷」で9分近いという全体的にゆっくりとしたテンポ運びによって、楽譜に書かれた装飾トリルを全て丁寧に奏し、また、張りのある同志社特有の声によって、日本の土着歌謡そのものの再現を狙った演奏でもなく、かといって西洋技法で楽譜に落とし込まれた日本民謡をユニバーサル・スタンダードとして演奏したのでもない、一種不思議な音場を舞台に形成している。
誤解を恐れずに言えば、「コンポ3」を解剖学的に丸裸にしたような印象さえ受ける。
「DEUTSCHE MESSE D872」
1)Zum Eingang
2)Zum Gloria
3)Zum Credo
4)Zum Offertorium
5)Zum Sanctus
6)Nach der Wandlung
7)Zum Agnus Dei
8)Schlussgesang
作曲:Franz Schubert
指揮:濱田 徳昭(のりてる)
第5曲「Zum Sanctus」は、それこそ戦前から男声合唱愛唱曲であった「Heilig」である。なお、念のために記すが、混声版と男声版では6曲目「Nach der Wandlung」が異なる曲であり、それ以外は調性が違うが旋律は同じである。
第17回東西四連は二日公演だったが、京都会館第一会館で開かれた第一日目では「最初の音取りを間違えてボロボロだった」と当時のOB。
この1968年は、早稲田グリーにとって大きな方針転換の年であった。
方針転換の内容は大きく下記の3点がある。
1)常任指揮者として濱田徳昭氏を迎えたこと 2) 16年もの永きにわたりヴォイストレーナーをしてこられた城須美子氏をこの年度で解任したこと 3) 演奏表現技術にを磨くため、「レクチャラー」として多田武彦氏を招いたこと(その結果として同年の定演で「北斗の海」を委嘱初演している)
方針転換した背景は、当時のOBの言によれば「演奏レベルがどん底で、何とか建て直したかった」とのことであるが、改革を望む当時の指導学年の気質も、決して無視出来ない要素である。
上記3点のうち、特に1)について詳説すると、
早稲田グリーは昭和21年にOBの磯部俶氏/昭和17(1942)卒を常任指揮者とした他、原則として常任指揮者を据えずに学生主体の練習体制を敷いてきた。
確かに一時期指導者として石井歓氏を招聘し、その紹介という形で石丸寛氏や荒谷俊治氏が指揮台に立ったことはあるが、常任という位置付けでは無かった。
その常任指揮者として濱田徳昭氏を迎えたのは、実質的にこの1968年のことである。
同年の第17回東西四連や第16回定期演奏会では「客演」の形を取ってはいるが、実はこの客演受諾に際して濱田氏の出した条件が、濱田氏を「常任指揮者」に据える事であった。つまりある一定の期間、同一の指導者に同一のメソッドで指導されなければ、指導の結果としての演奏効果が出ない、という信条に基づいての条件である。
このことについては「学生の主体性を重視」という早稲田グリーの路線に反することから、白熱した議論があったということである。
この後、濱田氏は1972年度半ばまで常任指揮者を務めるのである。
演奏の内容は、やはりまだミサを歌うコツが掴みきれていないところではあるが、健闘と言えよう。
男声合唱組曲「蛙」
1)いぼ
2)青イ花
3)河童と蛙
4)蛇祭り行進
5)おれも眠らう
6)祈りの歌
作詩:草野 心平
作曲:堀 悦子
指揮:北村 協一
Pf:伊奈 和子
この作品の作曲年は現時点で未詳だが、堀悦子氏が1943年生なので、当該年度の委嘱作品としても堀氏25歳の作品。
演奏される頻度があまり高くないのだが、堀氏の打楽器を想起させるリズムとややブルース調の旋律によって、独特の世界が形成される。
演奏する関西学院は、どこをどう切っても関西学院の演奏、という一言に尽きる。
この曲の数少ない演奏録音の中では、ダントツである。
「阿波祈祷文」
作詩:野上 彰
作曲:清水 脩
指揮:北村 協一
「黙示」
作詩:木原 孝一
作曲:清水 脩
指揮:北村 協一
ヴェトナムや中近東での戦争、というものが暗い影を落とし、60年安保闘争から学園紛争、安田講堂陥落(1969/01/18)という激動の時代を実体験として過ごした学生による、反戦・平和へのメッセージ・ソングである。
2004年現在、世界の情勢はどうであろうか。
まだこの2作品が出来て間もない時期に取り上げられたようである。その後多くの合唱団に取り上げられ、合唱コンクール全国大会でも、確か1970年代初頭に関東学院大学グリークラブが「阿波祈祷文」で金賞を受賞している。
時代背景や詩のメッセージ性から、畑中良輔氏が慶応ワグネルの単独ステージで取り上げようとしたこの2作品、合同演奏指揮者に指名された北村協一氏が畑中氏に談判して合同の演目とした由が、演奏会パンフに記されている。
<第18回 東西四大学合唱演奏会> 1969/06/22 東京文化会館大ホール
第18回東西四連パンフ表紙
この年のパンフ表紙は、どう見ても「第16回」としか見えないデザイン文字だが、これでれっきとした第18回東西四連パンフの表紙である。
男声合唱組曲「雨」
1)雨の来る前(伊藤 整)
2)武蔵野の雨(大木 惇夫)
3)雨の日の遊動円木(大木 惇夫)
4)十一月にふる雨(堀口 大学)
5)雨の日に見る(大木 惇夫)
6)雨(八木 重吉)
作曲:多田 武彦
指揮:北村協一
この演奏会の関西学院「雨」は、多田武彦氏が完璧と賞賛したものであり、同年8月20日に豊中市民会館で収録され、ビクターより市販された。
この録音を現代に聴いてどう評価するかは個人の基準に依るだろうが、途中の音取りを行わずに演奏を続け、聴きあいながら巧みに音程の振れを吸収する感覚や、言葉のさばき方は瞠目に値する。
「コダーイ合唱曲集」 (邦訳による)
1)ひとりもの
2)孔雀
3)酒の唄
4)兵士の歌
作曲:Kodaly Zoltan
訳詩:清水 脩
指揮:濱田 徳昭
邦訳によるコダーイは、これを最後に演奏の機会が皆無となる。
1950年代までによく演奏された欧州合唱曲の日本語版歌唱も、徐々にその役目を終え、慶應義塾をリーダーとする原語でのアプローチが普遍化して行くのである。
演奏自体は発声のバラつきもやや目立ちつつあり、荒っぽいが、終曲などではトランペットや小太鼓と合わせるから、かえって効果的だったりする。
男声合唱のための「四つの仕事唄」
1)囃し田 ~広島県民謡
2)石切唄 ~小豆島民謡
3)胴搗き ~Text:小山清茂
4)酒屋唄 ~岩手県民謡
作曲:小山清茂
指揮:日下部吉彦
この年の同志社には驚異的なテナーソリストが数名在籍している。柔らかい語り口/鋭い掛け声など、まさにタレントの使い分けが可能な上に、合唱団の機能としても2度・4度といった日本民謡に多用される和声をきちんと鳴らし、フレージングやリズムも良くさばけていて、非常に優れた演奏である。
山古堂主人としては、この演奏は10回台の東西四連でも屈指の演奏と評価しており、現代ではこのような演奏を聴くことは、もはや不可能かも知れないとすら考えている。
指揮の日下部吉彦氏は1952年卒の同志社グリーOBで、音楽評論家である他にも合唱連盟の重役や司会・執筆等でも著名である。
「MISSA MATER PATRIS」
1)KYRIE
2)GLORIA
3)CREDO
4)SANCTUS
5)BENEDICTUS
6)AGNUS DEI
作曲:Josquin Des Prez
編曲:皆川 達夫
指揮:木下 保
このオープンリールでは1曲目を除くほぼ全編にわたってノイズがある。
これは当時の録音機材の不良(どこかのコネクタの結線不良化かマイクの故障か)起因するノイズと推測される。
発声的には優れたものがあって、特に低声系が良く仕上がっている。声に自信が出てきたこともあってか、八分音符などでやや弾み過ぎる場合もあり、例えそれが木下先生の指示によるものとしても、ジョスカンのミサとして考えると、元気が良過ぎるかも知れない。が、それはそれとして一種の爽快さすら感じる。
「Messe Solennelle」より
1)Kyrie
2)Credo
3)Agnus Dei
作曲:Albert Duhaupas
指揮:濱田 徳昭
やはり慶応の発声レベルが高いことが誘因か、各団の競争意識が裏目に出たようにも感じられる演奏である。他方、もはや「デュオパのミサ」を余裕で歌えてしまうレベルになった。とも言えようか。
山古堂主人も卒団して15年を越えているが、合同演奏のクオリティを上げよう、という第10回東西四連の心意気を最近になって知り、現役時代に合同演奏で隣と張り合うことに疑問を抱かなかった自分自身に赤面の至りである。
そういう意味では第52回東西四連(2003)の合同演奏「バーバーショップの世界」などは変に肩肘を張らず、舞台上の全メンバーが一体となって聴衆をエンタテイメントの世界に誘ったということで、まさに正しい道だったと言えよう(ただ、毎回合同でエンタテをやられるとしたら、それはそれで違うように思うけどね)。
東西四大学合唱演奏会ライブ記録全集 資料音源集/不許複製 <第10回東西四大学合唱演奏会(1961/06/18 東京文化会館大ホール)> 関西学院グリークラブ 「Messe Solennelle」より 1)Kyrie 2)Gloria 3)Credo 4)Sanctus 5)Agnus Dei 作曲:Albert Duhaupas 指揮:亀井 征一郎 早稲田大学グリークラブ 「ヘーガー作品集」より 1)In den Alpen 2)Schlafwandel 3)Walpurga 4)Totenvolk 作曲:Friedrich Hegar 指揮:山本 健二 同志社グリークラブ 男声合唱組曲「在りし日の歌」より 1)米子 2)閑寂 3)骨 作詩:中原 中也 作曲:多田 武彦 指揮:浅井 敬一 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「MISSA MATER PATRIS」より 1)KYRIE 2)GLORIA 3)SANCTUS 4)BENEDICTUS 5)AGNUS DEI 作曲:Josquin Des Prez 編曲:皆川 達夫 指揮:木下 保 合同演奏 「枯木と太陽の歌」より 1)枯木は独りで歌う 2)花と太陽の会話 3)冬の夜の木枯しの合唱 4)枯木は太陽に祈る 作詩:中田 浩一郎 作曲:石井 歓 指揮:木下 保 Pf:辻 敬夫、村主 一彦 <第11回東西四大学合唱演奏会(1964)>:音源無し <第12回東西四大学合唱演奏会(1963/06/23 東京文化会館大ホール)> 早稲田大学グリークラブ 「シューマン男声合唱曲集」より 1)Der träumende See 2)Die Minnesänger 3)Die Lotosblume 4)Lasst Lautenspiel und Becherklang 5)Der Eidgenossen Nachtwache 6)Freiheitslied 作曲:Robert Schumann 指揮:三石精一 <第13回東西四大学合唱演奏会(1964/06/14 大阪フェスティバルホール)> 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「シューベルト男声合唱集」より Gesang der Geister über den Wassern Op.167 (水の上の精霊の歌) 作曲:Franz Schubert 指揮:木下 保 Pf:辻 敬夫 関西学院グリークラブ 男声合唱のための「アイヌのウポポ」より 1)くじら祭り 2)イヨマンテ(熊祭り) 3)ピリカ ピリカ 4)リムセ(輪舞) 採譜:近藤 鏡二郎 作曲:清水 脩 指揮:北村 協一 同志社グリークラブ 組曲「わが歳月」より (委嘱初演) 1)春 2)葉月のお月 3)音立てて 作詩:阪田 寛夫 作曲:大中 恩 指揮:福永 陽一郎 早稲田大学グリークラブ 「コダーイ合唱曲集」 (邦訳による) 1)ひとりもの 2)酒の唄 作曲:Kodály Zoltán 訳詩:清水 脩 指揮:石井 歓 合同演奏 「Missa Solennelle」より Credo 作曲:Albert Duhaupas 指揮:北村 協一 <第14回東西四大学合唱演奏会(1965/06/20 東京文化会館大ホール)> 関西学院グリークラブ 「Requiem D-Moll」より Introitus und Kyrie 作曲:L. Cherubini 指揮:北村 協一 Pf:沖本 ひとみ、北野 京子 早稲田大学グリークラブ 「枯木と太陽の歌」より 1)冬の夜の木枯の合唱 2)枯木は太陽に祈る 作詩:中田 浩一郎 作曲・指揮:石井 歓 Pf:南院 紀子、新沼 康博 同志社グリークラブ 「十の詩曲」より (男声版初演) 1)雄々しく進もう 2)歌 作曲:D. Shostakovitch 訳詩:安田 二郎 編曲・指揮:福永 陽一郎 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「Jagdlieder」より 1)Jagdmorgen 2)Frühe 3)Bei der Flasche 作曲:R. Schumann 指揮:木下 保 Pf:辻 敬夫 合同演奏 男声合唱のための組曲「蛙の歌」より 1)鰻と蛙 2)蛇祭り行進 作詩:草野 心平 作曲:南 弘明 指揮:木下 保 <第15回東西四大学合唱演奏会(1966/06/11 大阪フェスティバルホール)> 同志社グリークラブ 男声合唱組曲「月光とピエロ」 1)月夜 2)秋のピエロ 3)ピエロ 4)ピエロの嘆き 5)月光とピエロとピエレットの唐草模様 作詩:堀口 大學 作曲:清水 脩 指揮:福永 陽一郎 <第16回東西四大学合唱演奏会(1967/06/25 東京文化会館大ホール)> 関西学院グリークラブ 男声合唱組曲「中原中也の詩から」より 1)汚れちまった悲しみに 2)雲雀 3)六月の雨 4)月の光 作詩:中原 中也 作曲:多田 武彦 指揮:北村 協一 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「シューベルト男声合唱集」より Nachtgesang im Walde(森の夜の歌) 作曲:F. Schubert 指揮:木下 保 Pf:梶川 隆 同志社グリークラブ リヒアルト・シュトラウスの歌曲による「愛の詩集」より (合唱編曲版初演) 1)Morgen(あしたの朝) 2)Ich Trage Meine Minne(愛を抱いて) 3)Cäcilie(ツェチーリエ) 作曲:R. Strauss 編曲・指揮:福永 陽一郎 Pf:細川 哲朗 早稲田大学グリークラブ 「シューベルト男声合唱集」より 1)Geist der Liebe(愛の精) 2)Grab und Mond(墓と月) 作曲:F. Schubert 指揮:石井 歓 Pf:白石 隆生 合同演奏 歌劇「さまよえるオランダ人」より 1)水夫の合唱 2)幽霊船の合唱 作曲:R. Wagner Pf編曲:福永 陽一郎 指揮:畑中 良輔 Pf:1st/細川 哲朗 2nd/福永 陽一郎 <第17回東西四大学合唱演奏会(1968/06/23 大阪フェスティバルホール)> 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「メンデルスゾーン 四つの男声合唱曲 Vier Lieder op.75」 1)Der frohe Wandersmann 2)Abendständchen 3)Trinklied 4)Abschiedstafel 作曲:J.L. Felix Mendelssohn 指揮:木下 保 同志社グリークラブ 「合唱のためのコンポジションⅢ」 1)艫 2)羯皷 3)引き念仏 作曲:間宮 芳生 指揮:福永 陽一郎 早稲田大学グリークラブ 「DEUTSCHE MESSE D872」 1)Zum Eingang 2)Zum Gloria 3)Zum Credo 4)Zum Offertorium 5)Zum Sanctus 6)Nach der Wandlung 7)Zum Agnus Dei 8)Schlußgesang 作曲:Franz Schubert 指揮:濱田 徳昭 関西学院グリークラブ 男声合唱組曲「蛙」 1)いぼ 2)青イ花 3)河童と蛙 4)蛇祭り行進 5)おれも眠らう 6)祈りの歌 作詩:草野 心平 作曲:堀 悦子 指揮:北村 協一 Pf:伊奈 和子 合同演奏 「阿波祈祷文」 作詩:野上 彰 作曲:清水 脩 指揮:北村 協一 「黙示」 作詩:木原 孝一 作曲:清水 脩 指揮:北村 協一 <第18回東西四大学合唱演奏会(1969/06/22 東京文化会館大ホール)> 関西学院グリークラブ 男声合唱組曲「雨」 1)雨の来る前(伊藤 整) 2)武蔵野の雨(大木 惇夫) 3)雨の日の遊動円木(大木 惇夫) 4)十一月にふる雨(堀口 大学) 5)雨の日に見る(大木 惇夫) 6)雨(八木 重吉) 作曲:多田 武彦 指揮:北村協一 早稲田大学グリークラブ 「コダーイ合唱曲集」 (邦訳による) 1)ひとりもの 2)孔雀 3)酒の唄 4)兵士の歌 作曲:Kodály Zoltán 指揮:濱田 徳昭 同志社グリークラブ 男声合唱のための「四つの仕事唄」 1)囃し田 ~広島県民謡 2)石切唄 ~小豆島民謡 3)胴搗き ~Text:小山清茂 4)酒屋唄 ~岩手県民謡 作曲:小山清茂 指揮:日下部吉彦 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「MISSA MATER PATRIS」 1)KYRIE 2)GLORIA 3)CREDO 4)SANCTUS 5)BENEDICTUS 6)AGNUS DEI 作曲:Josquin Des Prez 編曲:皆川 達夫 指揮:木下 保 合同演奏 「Messe Solennelle」より 1)Kyrie 2)Credo 3)Agnus Dei 作曲:Albert Duhaupas 指揮:濱田 徳昭 <第19回東西四大学合唱演奏会(1970/10/26 大阪フェスティバルホール)> 早稲田大学グリークラブ 「MISSA Aeterna Christi Munera」 1)Kyrie 2)Gloria 3)Credo 4)Sanctus 5)Benedictus 6)Agnus Dei Ⅰ 7)Agnus Dei Ⅱ 作曲:G.P.da Palestrina 編曲:弘山 知直 指揮:濱田 徳昭 同志社グリークラブ 「わが歳月」 1)わが二月 2)春 3)空谷 4)葉月のお月 5)十月 6)音立てて 作詩:阪田 寛夫 作曲:大中 恩 指揮:高田 英生 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「男声合唱のためのコンポジションⅡ番(合唱のためのコンポジションⅥ番)」 1)第1楽章 2)第2楽章 3)第3楽章 作曲:間宮 芳生 指揮:木下 保 関西学院グリークラブ 「NEGRO SPIRITUALS」 1)Steal Away To Jesus 2)Go Down Moses 3)Josha Fight the Battle of Jericho 4)Listen to the Lams 5)Little David Play On Your Harp 6)Sinner, Please Don't Let Dis Harvest Pass 7)The Gospel Train 指揮:北村 協一 合同演奏 男声合唱組曲「海の構図」(男声版初演) 1)海と蝶 2)海女礼讃 3)かもめの歌 4)神話の巨人 作詩:小林 純一 作曲:中田 喜直 編曲:福永 陽一郎 指揮:北村 協一 Pf:笠原 進 <第20回東西四大学合唱演奏会(1971/06/27 東京文化会館大ホール)> 同志社グリークラブ 「Messe Solennelle de Sointe Cebile」(男声版初演) 1)Kyrie 2)Gloria 3)Offertory 4)Credo 作曲:Charles Gounod 編曲:福永 陽一郎 指揮:宇宿 允人 Orch:ヴィエール室内オーケストラ 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「コダーイ合唱曲集」 1)JELENTI MAGÁT JÉEZUS 2)RABHAZÁNAK FIA 3)FÖLSZALLOTTA A PÁVA 4)KIT KÉNE ELVENNI 5)KARÁDI NÓTÁK 作曲:Kodály Zoltán 指揮:木下 保 関西学院グリークラブ 「Seven Beatles Numbers」 1)Day Tripper 2)Here There and Everywhere 3)Girl 4)Ob-la-di, Ob-la-da 5)Michelle 6)Eleanor Rigby 7)Yesterday 編曲:宮島 将郎 指揮:北村 協一 Cemb:塚田 佳男 早稲田大学グリークラブ 「Missa O Magnum Mysterium」 1)Kyrie 2)Gloria 3)Credo 4)Sanctus 5)Benedictus 6)Agnus Dei 作曲:T.L. de Victoria 編曲:皆川 達夫 指揮:濱田 徳昭 合同演奏 「Hymne An Die Musik(音楽への讃歌)」 作曲:Lauchner 指揮:木下 保 <第21回東西四大学合唱演奏会(1972/07/02 大阪フェスティバルホール)> 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「JAGD LIEDER」 1)Zur Hohen Jagd 2)Habet Acht! 3)Jagdmorgen 4)Frühe 5)Bei der Flasche 作曲:R. Schumann 指揮:木下 保 Horn:慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・オーケストラ 同志社グリークラブ 合唱のための「三つの抒情」(男声版初演) 1)或る風に寄せて(立原 道造) 2)北の海(中原 中也) 3)ふるさとの夜に寄す(立原 道造) 作曲:三善 晃 編曲・指揮:福永 陽一郎 Pf:笠原 進 早稲田大学グリークラブ 合唱による風土記「阿波」 1)たいしめ(鯛締) 2)麦打ち 3)もちつき(餅搗) 4)水取り 5)たたら(蹈鞴) 作曲:三木 稔 指揮:向川原 慎一(学生指揮者) 関西学院グリークラブ 「Sea Shanties」 1)Swansea Town 2)Haul Away, Joe 3)Blow The Man Down 4)What Shall We Do With The Drunken Sailor 5)Low Lands 6)Whup! Jamboree 編曲:R. Shaw 指揮:北村 協一 合同演奏 1)歌劇「フィデリオ」より 囚人の合唱 作曲:L.V. Beethoven 2)歌劇「さまよえるオランダ人」より 水夫の合唱 3) 同 幽霊船の合唱 作曲:R. Wagner Pf編曲:福永 陽一郎 指揮:畑中 良輔 Pf:1st/伊奈 和子 2nd/福永 陽一郎 <第22回東西四大学合唱演奏会(1973/06/23,24 東京文化会館大ホール)> 同志社グリークラブ 「三声のためのミサ」 1)Kyrie eleison 2)Gloria in excelsis Deo 3)Sanctus 4)Agnus Dei 5)O, Salutaris 作曲:A. Caplet 指揮:福永 陽一郎 早稲田大学グリークラブ 合唱組曲「日曜日-ひとりぼっちの祈り-」 1)朝 2)街で 3)かえり道 4)てがみ 5)おやすみ 作詩:蓬莱 泰三 作曲:南 安雄 指揮:小林 研一郎 Pf:渋谷 るり子 関西学院グリークラブ 男声合唱組曲「航海詩集」 1)キャプスタン 2)船おそき日に 3)わが窓に 4)コンパスづくし 作詩:丸山 薫 作曲:多田 武彦 指揮:金房 哲三 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「シベリウス男声合唱曲集」 1)Sortunut ääni(失われた声/カンテレタルより) 2)Terve Kuu(月よ御機嫌よう/カレワラより) 3)Venematka(舟の旅/カレワラより) 4)Työnsä kumpasellaki(二人の仕事/カンテレタルより) 5)Metsämiehen laulu(森の男の歌/A.Kivi) 6)Sydämeni laulu(我が心の歌/A.Kivi) 作曲:J. Sibelius 指揮:木下 保 合同演奏 男声合唱組曲「海の構図」(改訂版初演) 1)海と蝶 2)海女礼讃 3)かもめの歌 4)神話の巨人 作詩:小林 純一 作曲:中田 喜直 編曲・指揮:福永 陽一郎 Pf:三浦 洋一 <第23回東西四大学合唱演奏会(1974/06/17 京都会館第一ホール)> 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「エレミア哀歌」 1)"Incipit lamentatio Jeremiae prophetae" 2)Lectio Ⅱ 3)Lectio Ⅲ 作曲:G.P. da Palestrina 指揮:木下 保 関西学院グリークラブ 男声合唱組曲「雪明りの路」 1)春を待つ 2)梅ちゃん 3)月夜を歩く -ティチアノー筆「白衣の女」の裏に- 4)白い障子 5)夜まはり 6)雪夜 作詩:伊藤 整 作曲:多田 武彦 指揮:北村 協一 早稲田大学グリークラブ 「ミサ ホ短調」(男声版初演) 1)Kyrie 2)Gloria 3)Credo 作曲:Anton Bruckner 編曲:遠藤 雅夫 指揮:小林 研一郎 Pf:山崎 ゆり子 同志社グリークラブ 男声合唱組曲「沙羅」 1)丹沢 2)あづまやの 3)北秋の 4)沙羅 5)鴉 6)行々子 7)占ふと 8)ゆめ 作詩:清水 重道 作曲:信時 潔 編曲・指揮:福永 陽一郎 Pf:笠原 進 合同演奏 「十の詩曲」による六つの男声合唱曲より 1)4.怒りの日 2)5.鎮魂歌 3)6.歌 作曲:D. Shostakovitch 訳詩:安田 二郎 編曲:福永 陽一郎 指揮:小林 研一郎 <第24回東西四大学合唱演奏会(1975/06/21 東京厚生年金会館大ホール)> 同志社グリークラブ 「古典イタリア歌曲集」 1)Amarilli, mia bella 2)Già il sole dal Gange 3)Ombra mai fu 4)O del mio dolce ardor 5)Chi voul la zingarella 6)Piacer d'amor 編曲・指揮:福永 陽一郎 早稲田大学グリークラブ 津軽の音素材による合唱「四季」(男声版初演) 1)春 2)夏 3)秋冬 作詩:三浦 哲郎 作曲:田中 利光 編曲:福永 陽一郎 指揮:西田 裕己(学生指揮者) 関西学院グリークラブ 男声合唱組曲「水のいのち」 1)雨 2)水たまり 3)川 4)海 5)海よ 作詩:高野 喜久雄 作曲:高田 三郎 指揮:北村 協一 Pf:塚田 佳男 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「コダーイ男声合唱曲集 Vol.2」 1)ÉNEK SZENT ISTVÁN KIRALYHOZ 2)SEMMIT NE BÁNKÓDJAL 3)ISTEN CSODÁJA 4)NEMZETI DAL 作曲:Kodály Zoltán 指揮:木下 保 合同演奏 男声合唱のための「アイヌのウポポ」 1)くじら祭り 2)イヨマンテ(熊祭り) 3)ピリカ ピリカ 4)日食月食に祈る歌 5)恋歌 6)リムセ(輪舞) 採譜:近藤 鏡二郎 作曲:清水 脩 指揮:北村 協一 <第25回東西四大学合唱演奏会(1976/06/20 大阪フェスティバルホール)> 早稲田大学グリークラブ 「シューベルトの男声合唱曲集」から 1)Widerspruch(矛盾) Seidl詩 2)Gesang der Geister über den Wassern(水の上の霊の歌) Goethe詩 3)Im Gegenwärtigen Vergangenes(昔を今に) Goethe詩 4)Sehnsucht(あこがれ) Goethe詩 作曲:Franz Schubert 指揮:手塚 幸紀 Pf:古谷 誠一 同志社グリークラブ 「Ein Liebesliederbuch(愛の詩集)」 1)Allerseelen(万霊節) 2)Heimliche Aufforderung(ひそやかな誘い) 3)Traum durch die Dämmerung(たそがれの夢) 4)Morgen!(あしたの朝) 5)Ich trage meine minne(愛を抱きて) 6)Cäcilie(ツェチーリェ) 作曲:R. Strauss 編曲・指揮:福永 陽一郎 Pf:久邇 之宜 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「合唱のためのコンポジションⅢ」 1)艫 2)羯皷 3)引き念仏 作曲:間宮 芳生 指揮:木下 保 関西学院グリークラブ 男声合唱組曲「草野心平の詩から」 1)石家荘にて 2)天 3)金魚 4)雨 5)さくら散る 作詩:草野 心平 作曲:多田 武彦 指揮:北村 協一 合同演奏 歌劇「タンホイザー」第3幕から 1)巡礼の合唱 2)エリザベートの祈り 3)夕星のうた 4)救済のうた アンコール 歌劇「タンホイザー」から大行進曲「歌の殿堂を讃えよう」 作曲・台本:R.Wagne 編曲・指揮:福永 陽一郎 Pf:久邇 之宜 独唱:大川 隆子(エリザベート) 平野 忠彦(ヴォルフラム) <第26回東西四大学合唱演奏会(1977/07/26 東京厚生年金会館大ホール)> 同志社グリークラブ 「宝石」~組曲「葡萄の歌」より 作詩:関根 栄一 作曲:湯山 昭 「ゆうやけの歌」~男声合唱とピアノのための~ 作詩:川崎 洋 作曲:湯山 昭 指揮:福永 陽一郎 Pf:久邇 之宜 早稲田大学グリークラブ 男声合唱組曲「北斗の海」(改訂版初演) 1)Bering-fantasy 2)窓 3)風景 4)海 5)エリモ岬 作詩:草野 心平 作曲:多田 武彦 指揮:三品 智(学生指揮者) 関西学院グリークラブ 合唱組曲「日曜日(ひとりぼっちの祈り)」 1)朝 2)街で 3)かえり道 4)てがみ 5)おやすみ 作詩:蓬莱 泰三 作曲:南 安雄 指揮:北村 協一 Pf:久邇 之宜 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「シューベルト男声合唱集」より 1)主は我がまもり 2)矛盾 3)昔を今に 4)夜のささやき 5)森の夜の歌 作曲:F. Schubert 指揮:木下 保 Pf:川口 耕平 Horn:慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・オーケストラ 独唱:砂川 稔(慶應義塾ワグネルOB) 合同演奏 「オペラ合唱名曲集」 1)僧侶の合唱 W.A. Mozart「魔笛」より 2)囚人の合唱 L.V. Beethoven「フィデリオ」より 3)巡礼の合唱 R. Wagner「タンホイザー」より 4)狩人の合唱 C.M.V. Weber「魔弾の射手」より 5)水夫の合唱 R. Wagner「さまよえるオランダ人」より 6)学生の合唱 J. Offenbach「ホフマン物語」より 7)Encore:J. Offenbach「ホフマン物語」より第1幕フィナーレ 指揮:エルヴィン・ボルン Pf:中村 健 ステージストーム 1)同志社 :Didn't My Lord Deliver Daniel 2)早稲田 :遠くへ行きたい(Pf:三品智) 3)関西学院:U Boj! 4)慶應義塾:塩田小唄 <第27回東西四大学合唱演奏会(1978/06/25 大阪フェスティバルホール)> 早稲田大学グリークラブ 「レクイエム」~男声・二台のピアノ伴奏~ 1)第一楽章 2)第二楽章 3)第三楽章 作曲:三木 稔 指揮:小林 研一郎 Pf:荻久保 和明、高橋 裕子 同志社グリークラブ 「わが歳月」 1)わが二月 2)春 3)空谷 4)葉月のお月 5)十月 6)音立てて 作詩:阪田 寛夫 作曲:大中 恩 指揮:福永 陽一郎 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「MISSA MATER PATRIS」 1)KYRIE 2)GLORIA 3)CREDO 4)SANCTUS 5)BENEDICTUS 6)AGNUS DEI 作曲:Josquin des Prez 編曲:皆川 達夫 指揮:木下 保 関西学院グリークラブ 「ことばあそびうたⅡ」-男声合唱とピアノのための- (委嘱初演) 1)かっぱ 2)うとてとこ 3)たそがれ 4)さる 作詩:谷川 俊太郎 作曲:新実 徳英 指揮:北村 協一 Pf:浅井 康子 合同演奏 男声合唱組曲「富士山」 1)作品第壹 2)作品第肆 3)作品第拾陸 4)作品第拾捌 5)作品第貳拾壹(宇宙線富士) 作詩:草野 心平 作曲:多田 武彦 指揮:北村 協一 ステージストーム 1)早稲田 :Slavnostní sbor 2)同志社 :最上川舟歌 3)慶應義塾:Soon-Ah will be done 4)関西学院:U Boj! <第28回東西四大学合唱演奏会(1979/06/25 新宿文化センター大ホール)> 関西学院グリークラブ フランスの詩による男声合唱曲集「月下の一群」 1)小曲(詩:フィリップ・シャヴァネックス) 2)輪踊り(詩:ポール・フォール) 3)人の云ふことを信じるな(詩:フランシス・ジャム) 4)海よ(催眠歌)(アンドレ・スピール) 5)秋の歌(ポール・ヴェルレーヌ) 作曲:南 弘明 訳詩:堀口 大學 指揮:北村 協一 Pf:塚田 佳男 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「シベリウス男声合唱曲集」より 1)Sortunut ääni(失われた声/カンテレタルより) 2)Terve Kuu(月よ ごきげんよう/カレワラより) 3)Venematka(舟の旅/カレワラより) 4)Työnsä kumpasellaki(島の火/カンテレタルより) 5)Metsämiehen laulu(森の男の歌/A.Kivi) 6)Sydämeni laulu(我が心の歌/A.Kivi) 作曲:J. Sibelius 指揮:木下 保 同志社グリークラブ 男声合唱と打楽器のための「もぐらの物語」 1)目覚めの挨拶 2)遠い星に 3)地底の傷み 4)束の間のやすらぎの中で 5)闇から闇を 作詩:小田切 清光 作曲:三木 稔 指揮:富岡 健 Perc:永井 麻利子、松永 吉明 早稲田大学グリークラブ 「シューベルト男声合唱曲集」より 1)Die Nacht 2)An Den Fruhling 3)La Pastorella 4)Widerspruch 5)Gott Meine Zuversicht 6)Die Nachtigall 作曲:Franz Schubert 指揮:福永 陽一郎 Pf:高橋 裕子 合同演奏 男声合唱のための組曲「蛙の歌」 1)小曲 2)亡霊 3)鰻と蛙 4)蛇祭り行進 5)秋の夜の会話 作詩:草野 心平 作曲:南 弘明 指揮:福永 陽一郎 ステージストーム 1)関西学院:U Boj! 2)慶應義塾:ポーリュシカ・ポーレ 3)同志社 :Little Innocent Lamb 4)早稲田 :Die Lorelei <第29回東西四大学合唱演奏会(1980/06/22 大阪フェスティバルホール)> 早稲田大学グリークラブ 「さすらう若人の歌」 1)いとしいひとがとついでゆくと 2)この朝 野をゆけば 3)私は灼熱した刀をもっていた 4)いとしいひとの青いひとみは 作詩・作曲:Gustav Mahler 編曲:福永 陽一郎 指揮:小林 研一郎 Pf:久保 晃子 同志社グリークラブ 「Die Tageszeiten」 1)Der Morgen 2)Mittagsruh 3)Der Abend 4)Die Nacht 作詩:Joseph Von Eichendorff 作曲:Richard Strauss 指揮:福永 陽一郎 Pf:伊吹 元子、 山本 優子 Horn:山本 昭一 Timp:三島 輝司 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「JAGD LIEDER」 1)Zur Hohen Jagd 2)Habet Acht! 3)Jagdmorgen 4)Frühe 5)Bei der Flasche 作曲:R. Schumann 指揮:木下 保 Horn:吉田 耕造、松本 浩、小谷 宏一郎、 桜井 広一、太田 柾幸 関西学院グリークラブ 男声合唱と二台のピアノのための「レクイエム」 1)第一楽章 2)第二楽章 3)第三楽章 作曲:三木 稔 指揮:北村 協一 Pf:浅井 康子、 戎 洋子 合同演奏 男声合唱とオルガンのための「ミサ曲」ハ短調 1)Kyrie 2)Gloria 3)Credo 作曲:Franz Liszt 指揮:林 雄一郎 Org.:岡安 早苗 ステージストーム 早稲田 :最上川舟歌 同志社 :Didn't My Lord Deliver Daniel 慶應義塾:カリンカ(ロシア民謡) 関西学院:U Boj <第30回東西四大学合唱演奏会(1981/06/21 東京文化会館大ホール)> 同志社グリークラブ 「チャイコフスキー歌曲集」 1)WARUM? 2)NICHT WORTE, GELIEBTER 3)INMITTEN DES BALLES 4)WIEDER-WIE FRÜHER 5)NUR WER DIE SEHNSUCHT KENNT 6)STÄNDCHEN DES DON JUAN 作曲:P. Tchaikovskii 編曲・指揮:福永 陽一郎 Pf:山本 優子 早稲田大学グリークラブ 「MISSA A TROIS VOIX(三声のミサ)」 1)Kyrie 2)Gloria 3)Sanctus 4)Agnus Dei 5)O Salutaris 作曲:A. Caplet 指揮:田中 一嘉 関西学院グリークラブ 男声合唱組曲「月光とピエロ」 1)月夜 2)秋のピエロ 3)ピエロ 4)ピエロの嘆き 5)月光とピエロとピエレットの唐草模様 作詩:堀口 大學 作曲:清水 脩 指揮:北村 協一 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「シューベルト男声合唱集」より 1)Widerspruch(反抗) 2)Ständchen(小夜曲) 3)Im Gegenwärtigen Vergangenes(昔を今に) 4)Nachtgesang im Walde(森の夜の歌) 作曲:F. Schubert 指揮:木下 保 Pf:塚田 佳男 Horn:桐朋学園音楽部 独唱:杉本 淳美、笠原 幹夫 合同演奏 革命詩人による "十の詩曲" より「六つの男声合唱曲」 1)雄々しく進もう 2)果てなき荒野 3)死刑の戦士 4)怒りの日 5)鎮魂歌 6)歌 作曲:D. Shostakovitch 訳詩:安田 二郎 編曲・指揮:福永 陽一郎 ステージストーム 1)同志社 :詩篇98 2)早稲田 :Freie Kunst 3)関西学院:U Boj 4)慶應義塾:Schwäbische Erbschaft(シュヴァーベンの遺産/曲:R.Strauss) <第31回東西四大学合唱演奏会(1982/06/20 大阪フェスティバルホール)> 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「合唱のためのコンポジションⅢ」 1)艫 2)羯皷 3)引き念仏 作曲:間宮 芳生 指揮:木下 保 関西学院グリークラブ 「ギルガメシュ叙事詩《前篇》」 ~ア・カペラ男声合唱とナレーターのための(1982)~ (委嘱初演) 1)はじまりの歌 2)エンキドウの創造 3)エンキドウ、人間のくらしを知ること 4)ギルガメシュ、エンキドウと力くらべをすること 5)対話 6)フンババを退治すること 7)イシュタルの求婚 8)エンキドウの夢 9)たびだちの歌 訳詩:矢島 文夫 作曲:青島 広志 指揮:北村 協一 早稲田大学グリークラブ 「ジプシーの歌」 1)わが歌ひびけ 2)きけよトライアングル 3)森はしずかに 4)わが母の教えたまいし歌 5)弦を整えて 6)軽い着物 7)鷹は自由に 作詩:Adolf Heyduk 作曲:Antonin Dvořak 編曲:福永 陽一郎 指揮:小泉 ひろし Pf:久邇 之宜 同志社グリークラブ 「Vespergesang Op.121」 1)Allegro moderato 2)Adagio 3)Con moto 4)Adagio 5)Andante 作曲:F. Mendelssohn 指揮:福永 陽一郎 Vc:小松 茂 Cb:徳原 正法 合同演奏 男声合唱のための「アイヌのウポポ」 1)くじら祭り 2)イヨマンテ(熊祭り) 3)ピリカ ピリカ 4)日食月食に祈る歌 5)恋歌 6)リムセ(輪舞) 採譜:近藤 鏡二郎 作曲:清水 脩 指揮:山田 一雄 ステージストーム 1)慶應義塾:Finlandia-Hymni 2)関西学院:U Boj! 3)早稲田 :斎太郎節 4)同志社 :Soon Ah Wiill Be Done <第32回東西四大学合唱演奏会(1983/06/26 ゆうぽうと東京簡易保険会館大ホール)> 関西学院グリークラブ 「ギルガメシュ叙事詩《後篇》」 ~ア・カペラ男声合唱とナレーターのための(1983)~ (委嘱初演) 1)光をめざして 2)追悼歌 3)航海 4)ノアの函舟の物語 5)試練 6)神話のおわり 7)終末の合唱 訳詩:矢島 文夫 作曲:青島 広志 指揮:北村 協一 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「Zigeunerlieder」 1)He, Zigeuner! 2)Hochgetürmte Rimaflut 3)Himmelgabes Liebe 4)Einst ein küsschen gab 5)Der Tanz 6)Ledig bleiben Sünde wär! 7)Heiligem Eide 8)Gute Nacht 9)Meine Abendstern 10)Mond verhüllt sein Angesicht 11)Abendwolken 作詩:Hugo Conrat 作曲:Johannes Brahms 編曲・指揮:畑中 良輔 Pf:三浦 洋一 独唱:瀬山 詠子、永田 峰雄 同志社グリークラブ 「MISSA MATER PATRIS」 1)Kyrie 2)Gloria 3)Credo 4)Sanctus - Benedictus 5)Agnus Dei 作曲:Josquin Des Prez 編曲:Eliot Forbes 指揮:福永 陽一郎 早稲田大学グリークラブ 「繩文」-男声合唱とピアノのための- (男声版初演) 1)透明 2)曙 3)行進 4)波の墓 作詩:宗 左近 作曲:荻久保 和明 指揮:小林 研一郎 Pf:西川 秀人 合同演奏 男声合唱とピアノのための「ゆうやけの歌」 作詩:川崎 洋 作曲:湯山 昭 指揮:関屋 晋 Pf:大久保 洋子 ステージストーム 1)関西学院:U Boj 2)慶應義塾:Ave Maria(Franz Biebl) 3)同志社 :鮪組(作詩:北原白秋/作曲:多田武彦 男声合唱組曲「三崎のうた」より) 4)早稲田 :斎太郎節 <第33回東西四大学合唱演奏会(1984/06/16 大阪フェスティバルホール)> 早稲田大学グリークラブ 男声四部合唱組曲「青いメッセージ」 ~草野心平詩集「蛙」より~ (委嘱・関西初演) 1)月蝕と花火 序詩 2)青イ花 3)"ブルース" 婆さん蛙ミミミの挨拶 4)サリム自伝 5)ごびらっふの独白 作詩:草野 心平 作曲:高嶋 みどり 指揮:山田 一雄 Pf:アンリエット・ピュイグ・ロジェ 同志社グリークラブ 「FOUR AFRO-AMERICAN SONGS」 1)Chain-Gang Song(編曲:Mary Howe) 2)Railroad Chant(編曲:Tom Scott) 3)Lef' Away(編曲:David W. Guion) 4)De Glory Road(作曲:Jacques Wolfe) 指揮:福永 陽一郎 Pf:久邇 之宜 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「Nänie (哀悼歌) Op.82」 作詩:F. Schiller 作曲:J. Brahms 編曲:北村 協一 指揮:畑中 良輔 Pf:三浦 洋一 関西学院グリークラブ 「鐘の音を聴け」-男声合唱のための幻想曲- (委嘱初演) 1)Ⅰ - Hear the sledges with the bells - Silver bells! 2)Ⅱ - Hear the mellow wedding bells - Golden Bells! 3)Ⅲ - Hear the loud alarum bells - Brazen bells! 4)Ⅳ - Hear the tolling of the bells - Iron bells! 詩:Edgar Allan. Poe 作曲:新実 徳英 指揮:北村 協一 合同演奏 「シベリウス男声合唱曲集」 1)Sortunut ääni(失われた声/カンテレタルより) 2)Terve Kuu(月よ ごきげんよう/カレワラより) 3)Venematka(舟の旅/カレワラより) 4)Työnsä kumpasellaki(島の火/カンテレタルより) 5)Metsämiehen laulu(森の男の歌/A.Kivi) 6)Sydämeni laulu(我が心の歌/A.Kivi) 作曲:J. Sibelius 指揮:渡辺 暁雄 アンコール Finlandia-hymni(作曲:J. Sibelius) ステージストーム 1)早稲田 :最上川舟歌 2)同志社 :Slavnostní sbor 3)慶應義塾:Laast Lautenspiel und Becherklang 4)関西学院:U Boj <第34回東西四大学合唱演奏会(1985/06/09 東京文化会館大ホール)> 同志社グリークラブ 「MISERERE」-詩篇51より- 伴奏付男声合唱のための(日本初演) 作曲:Gaetano Donizetti 編曲・指揮:福永 陽一郎 Pf:山本 優子 早稲田大学グリークラブ 「ことばあそびうたⅡ」-男声合唱とピアノのための- 1)かっぱ 2)うとてとこ 3)たそがれ 4)さる 作詩:谷川 俊太郎 作曲:新実 徳英 指揮:井上 道義 Pf:久邇 之宜 関西学院グリークラブ 「かみさまへのてがみ」-男声合唱とピアノのための- 1)かみさまへのてがみ 2)わたしはあんしんです 3)てんごくってどんなかんじ 4)てんごくってどんなかんじ 5)終曲 訳詩:谷川 俊太郎 作曲:高嶋 みどり 指揮:北村 協一 Pf:浅井 康子 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「Lieder eines fahrender Gesellen さすらう若人の歌」 1)Wenn mein Schatz Hochzeit macht 2)Ging heut' Morgen über's Feld 3)Ich hab' ein glühend Messer 4)Die zwei blauen Augen von meinen Schatz 作詩・作曲:Gustav Mahler 編曲:福永 陽一郎 指揮:畑中 良輔 Pf:三浦 洋一 合同演奏 「デュパルク歌曲集」 1)旅への誘い 2)恍惚 3)ロズモンドの館 4)フィディレ 作曲:Henri Duparc 編曲:北村 協一(1,2,4)、藤森 数彦(3、Pf) 指揮:三林 輝夫 Pf:田中 瑤子、中野 明子 ステージストーム 1) 同志社 :Zogen einst fünf wilde schwäne(詩:不詳/曲:Friedlich Welter) 2) 早稲田 :Ave Maria(Josef Anton Bruckner) 3)関西学院:U Boj 4)慶應義塾:Heilich(Franz Schubert) <第35回東西四大学合唱演奏会(1986/06/21 大阪フェスティバルホール)> 早稲田大学グリークラブ 男声合唱とピアノ及びバリトン独唱のための「レクイエム」 1)前奏 ~ 第一楽章 2)第二楽章 3)第三楽章 4)第四楽章 5)第五楽章 作曲:三木 稔 指揮:小林 研一郎 Pf:久邇 之宜 独唱:勝部 太 関西学院グリークラブ 男声合唱とピアノのための「祈りの虹」 1)"炎"より(峠 三吉) 2)"業火"より(金子 光晴) 3)Vocalise 4)"ヒロシマにかける虹"より(津田 定雄) 作曲:新実 徳英 指揮:北村 協一 Pf:浅井 康子 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「Zigeunermelodien Op.55」 1)Mein Lied ertönt 2)Ei, wie mein Triangel 3)Rings ist der Wald 4)Als die alte Mutter 5)Reingestimmt die Saiten 6)In dem weiten, breiten, luft'gen Leinenkleide 7)Darf des Falken Schwinge 作詩:A. Heyduk 作曲:A. Dvořak 編曲:福永 陽一郎 指揮:畑中 良輔 Pf:花岡 千春 同志社グリークラブ 「ドイツ民謡集」-新しい合唱のスタンダードを求めて- (現代ドイツの新しい編曲による、本邦初演) 1)Das Lieben bringt gross Freut 2)Es, es, es und es 3)Sie gleicht wohl einem Rosenstock 4)Ich weiss mir einen guten Gspan 5)Das Mühlenrad 6)Handwerksburschenlied 7)Es hatten drei Gesellen 8)Aus der Traube in die Tonne 9)De profundis 10)Liebhaber in allen Gestalten 指揮:福永 陽一郎 合同演奏 男声合唱組曲「月光とピエロ」 1)月夜 2)秋のピエロ 3)ピエロ 4)ピエロの嘆き 5)月光とピエロとピエレットの唐草模様 作詩:堀口 大學 作曲:清水 脩 指揮:山田 一雄 アンコール Soon Ah Will Be Done(編:William L. Dawson) ステージストーム 1)早稲田 :斎太郎節 2)関西学院:U Boj 3)慶應義塾:Slavnostní sbor 4)同志社 :詩篇98 <第36回東西四大学合唱演奏会(1987/06/20 サントリーホール)> 同志社グリークラブ 「チャイコフスキー歌曲集」より 1)何故? 2)語るな 我が友よ 3)さわがしい舞踏会で 4)再びもとのような孤独で 5)憧れを知る者のみが 6)ドン・ファンのセレナーデ 作曲:P. Tchaikovskii 編曲:福永 陽一郎 指揮:富岡 健 Pf:久邇 之宜 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 男声合唱組曲「月光とピエロ」 1)月夜 2)秋のピエロ 3)ピエロ 4)ピエロの嘆き 5)月光とピエロとピエレットの唐草模様 作詩:堀口 大學 作曲:清水 脩 指揮:畑中 良輔 関西学院グリークラブ 男声合唱のための「アイヌのウポポ」 1)くじら祭り 2)イヨマンテ(熊祭り) 3)ピリカ ピリカ 4)日食月食に祈る歌 5)恋歌 6)リムセ(輪舞) 採譜:近藤 鏡二郎 作曲:清水 脩 指揮:北村 協一 早稲田大学グリークラブ 「繩文ラプソディー」 (委嘱初演) 1)噴煙 2)滝壺舞踏 3) 讃歌・悲歌 作詩:宗 左近 作曲:荻久保 和明 指揮:黒岩 秀臣 Pf:久邇 之宜 合同演奏 男声合唱とピアノのための「ゆうやけの歌」 作詩:川崎 洋 作曲:湯山 昭 指揮:松尾 葉子 Pf:大島 義彰 ステージストーム 1)同志社 :O Sacrum Convivium 2)慶應義塾:Beati Mortui 3)関西学院:U Boj 4)早稲田 :斎太郎節 <第37回東西四大学合唱演奏会(1988/06/19 大阪フェスティバルホール)> 早稲田大学グリークラブ 男声合唱曲「岬の墓」 作詩:堀田 善衛 作曲:團 伊玖磨 編曲:福永 陽一郎 指揮:樋本 英一 Pf:久邇 之宜 同志社グリークラブ 「CHANTS D'AUVERGNE(オーヴェルニュの歌)」 1)BAÏLÈRÔ(バイレロ) 2)CHUT, CHUT(静かに) 3)LOU COUCUT(かっこう) 4)BREZAIROLA(こもり歌) 5)PASSO PEL PRAT(牧場を通っておいで) 原作曲:Joseph Canteloube 編曲:福永 陽一郎 指揮:富岡 健 Ob. :三島 文子 Cb. :石丸 美佳 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「シューベルト男声合唱曲集」より 1)Gott Meine Zuversicht(詩篇23) 2)Widerspruch(反抗) 3)Die Nacht(夜) 4)Die Nachtigall(ナイチンゲール) 5)Nachtgesang im Walde(森の夜の歌) 作曲:Franz Schubert 指揮:畑中 良輔 Pf:三浦 洋一 関西学院グリークラブ 「動物達のコラール 第Ⅳ集」 1)かめの祈り 2)小豚の祈り 3)牡牛の祈り 4)子馬の祈り 5)みつばちの祈り 詩:C. B. デ・ガストルド 訳詩:宮澤 邦子 作曲:萩原 英彦 指揮:北村 協一 合同演奏 「ドイツ男声合唱曲集」 1)Das ist der Tag des Herrn(これこそ主の日) 2)Das Heimattal(故郷) 3)Der Jäger Abschied(狩人の別れ) 4)Ich bete an die Macht der Liebe(愛の力) 5)Die Ehre Gottes aus der Natur(自然における神の栄光) 指揮:福永 陽一郎 Brass:大阪教育大学ウィンドアンサンブル アンコール Ave verum corpus(作曲:W.A. Mozart) ステージストーム 1)早稲田 :斎太郎節 2)同志社 :DIXIE 3)慶應義塾:Slavnostní sbor 4)関西学院:U Boj <第38回東西四大学合唱演奏会(1989/06/24 東京文化会館大ホール)> 関西学院グリークラブ 「コダーイ男声合唱曲集」より 1)Huszt(廃墟) 2)Föelszallott A Páva(孔雀が飛んだ) 3)Esti Dal(夕べの歌) 4)Kit Kéne Elevenni(誰をもらおうか) 5)Karádi Nóták(コラーディ地方の歌) 作曲:Kodály Zoltán 指揮:北村 協一 早稲田大学グリークラブ 「さすらう若人の歌」 1)君が嫁ぐ日 2)露しげき朝の野辺に 3)灼熱せる短刀もて 4)君が青きひとみ 作詩・作曲:Gustav Mahler 編曲:福永 陽一郎 指揮:小林 研一郎 Pf:久邇 之宜 同志社グリークラブ 男声合唱組曲「月光とピエロ」 1)月夜 2)秋のピエロ 3)ピエロ 4)ピエロの嘆き 5)月光とピエロとピエレットの唐草模様 作詩:堀口 大學 作曲:清水 脩 指揮:福永 陽一郎 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「Liebeslieder」 1)Rede, Mädchen, allzuliebes! 2)Am Gesteine rauscht die Flut 3)O die Frauen 4)Sieh; Wie ist die Welle Klar! 5)Nachtigall, Sie singt so schön 6)Ein dunkeler Schacht ist Liebe 7)Wenn so lind dein Auge mir 8)Ein Kleiner, hübscher Vogel 9)Am Donaustrande 10)Nein, es ist nicht auszukommen 11)Schlosser auf, und mache Schlösser 12)Zum Schluß 作詩:G.F. Daumer, J.W. Goethe 作曲:J. Brahms 編曲:福永 陽一郎 指揮:畑中 良輔 Pf:三浦 洋一、谷池 重紬子 合同演奏 歌劇「タンホイザー」より 1)Einzug der Gäste(大行進曲) 2)Pilgerchor(巡礼の合唱) 3)Abentstern(夕星の歌) 4)Finale(フィナーレ) 作曲:R. Wagner 編曲:福永 陽一郎 指揮:畑中 良輔 Pf:佐藤 正浩 アンコール Love's Old Sweet Song ステージストーム 1)関西学院:U Boj 2)早稲田 :斎太郎節 3)同志社 :Set down Servant 4)慶應義塾:Londonderry Air <第39回東西四大学合唱演奏会(1990/06/24 大阪フェスティバルホール)> 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「リヒャルト・シュトラウス歌曲集」 1)HEIMLICHE AUFFORDERUNG 2)WIEGENLIED 3)CÄECILIE 4)MORGEN! 5)FRÜHLINGSFEIER 作曲:Richard Strauss 編曲:福永 陽一郎 指揮:畑中 良輔 Pf:三浦 洋一 関西学院グリークラブ 男声合唱組曲「柳河風俗詩」 1)柳河 2)紺屋のおろく 3)かきつばた 4)梅雨の晴れ間 作詩:北原 白秋 作曲:多田 武彦 指揮:北村 協一 早稲田大学グリークラブ 男声合唱のための「季節へのまなざし」 1)ひらく 2)のびる 3)みのる 4)ゆめみる 作詩:伊藤 海彦 作曲:荻久保 和明 指揮:関屋 晋 Pf:久邇 之宜 同志社グリークラブ 「MESSE SOLENELLE」 1)KYRIE 2)GLORIA 3)CREDO 4)SANCTUS 5)O SALUTARIS 6)AGNUS DEI 作曲:Albert Duhaupas 指揮:佐々木 修 合同演奏 男声合唱のための「アイヌのウポポ」 1)くじら祭り 2)イヨマンテ(熊祭り) 3)ピリカ ピリカ 4)日食月食に祈る歌 5)恋歌 6)リムセ(輪舞) 採譜:近藤 鏡二郎 作曲:清水 脩 指揮:佐々木 修 アンコール 秋のピエロ(詩:堀口大學/曲:清水 脩) ステージストーム 1)慶應義塾:Slavnostní sbor 2)関西学院:Spanish Ladies 3)早稲田 :斎太郎節 4)同志社 :Didn't My Lord Deliver Daniel <第40回東西四大学合唱演奏会(1991/06/22 東京文化会館大ホール)> 関西学院グリークラブ 男声合唱組曲「北陸にて」 1)きつねにつままれた町 2)梨の花とお寺の奥さん 3)みぞれのする小さな町 4)くずの花 5)ふるさとにて 6)北陸にて 作詩:田中 冬二 作曲:多田 武彦 指揮:北村 協一 早稲田大学グリークラブ 革命詩人による "十の詩曲" より「六つの男声合唱曲」 1)雄々しく進もう 2)果てなき荒野 3)死刑の戦士 4)怒りの日 5)鎮魂歌 6)歌 作曲:D. Shostakovitch 訳詩:安田 二郎 編曲・福永 陽一郎 指揮:田中 宏 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 男声合唱組曲「水のいのち」 1)雨 2)水たまり 3)川 4)海 5)海よ 6)~雨(repeat) 作詩:高野 喜久雄 作曲:高田 三郎 指揮:畑中 良輔 Pf:三浦 洋一 同志社グリークラブ 「繩文」-男声合唱とピアノのための- 1)透明 2)曙 3)行進 4)波の墓 作詩:宗 左近 作曲:荻久保 和明 指揮:小林 研一郎 Pf:久邇 之宜 合同演奏 男声合唱組曲「御誦」 1)ガラサ道 2)アヴェ・マリア 3)蓑踊 4)獅子の泣き歌 5)御誦 作曲・詩:大島 ミチル 指揮:北村 協一 Pf:谷池 重紬子 独唱:志村 年子 Perc:吉岡 孝悦、高橋 明邦 アンコール 黒人霊歌「Dry Bones」 ステージストーム 1)関西学院:U Boj 2)早稲田 :斎太郎節 3)同志社 :Soon Ah Will Be Done 4)慶應義塾:Laast Lautenspiel und Becherklang ~ Slavnostní sbor <第41回東西四大学合唱演奏会(1992/06/28 大阪フェスティバルホール)> 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 男声合唱組曲「草野心平の詩から」 1)石家荘にて 2)天 3)金魚 4)雨 5)さくら散る 作詩:草野 心平 作曲:多田 武彦 指揮:畑中 良輔 同志社グリークラブ オペラ「Porgy and Bess」より 1)Summertime 2)A Woman Is A Sometime Thing 3)Oh, I Got Plenty O' Nuttin' 4)Bess, You Is My Woman Now 5)Oh, I Can't Sit Down 6)It Ain't Necessarily So 7)There's A Boat That's Leaving Soon For New York 8)Bess, Oh Where's My Bess 9)Oh Lord, I'm On My Way 作詩:D. Heyward, I. Gerwhwin 作曲:G. Gershwin 編曲:福永 陽一郎 指揮:井上 道義 Pf:井上 珠世 独唱:岡坊 久美子(Bess) 塚田 康弘(Porgy) 早稲田大学グリークラブ 男声合唱とピアノ及びバリトン独唱のための「レクイエム」 1)第一楽章 2)第二楽章 3)第三楽章 4)第四楽章 5)第五楽章 作曲:三木 稔 指揮:北川 博夫 Pf:永岡 信幸 独唱:田代 和久 関西学院グリークラブ 男声合唱組曲「蛙の歌」 1)いぼ 2)青イ花 3)河童と蛙 4)蛇祭り行進 5)おれも眠らう 6)祈りの歌 作詩:草野 心平 作曲:堀 悦子 指揮:北村 協一 Pf:浅井 康子 合同演奏 「使徒の愛餐 -Das Liebesmahl der Apostel-」 作曲:R. Wagner 指揮:飯守 泰次郎 Orch:同志社女子大学音楽学科管弦楽団 ステージストーム 1)慶應義塾:Slavnostní sbor 2)同志社 :O Sacrum Convivium 3)早稲田 :斎太郎節 4)関西学院:U Boj <第42回東西四大学合唱演奏会(1993/06/26 昭和女子大学人見記念講堂)> 同志社グリークラブ 「チャイコフスキー歌曲集」 1)Warum?(何故?) 2)Nicht worte, Geliebter(語るな、我が友よ) 3)Inmitten des Balles(舞踏会の中で) 4)Wieder wie früher(再びもとのような孤独で) 5)Nur wer die Sehnsucht kennt(憧れを知る者のみが) 6)Stäntchen des Don Juan(ドン・ファンのセレナーデ) 作曲:P. Tchaikovskii 編曲:福永 陽一郎 指揮:黒岩 英臣 Pf:久邇 之宜 関西学院グリークラブ 「黒人霊歌」 1)Swing Low, Sweet Chariot 2)Were You There? 3)Do-don't Touch-a My Garment 4)Sweet Little Jesus Boy 5)If I Got My Ticket, Can I Ride? 6)"Jerry"(Lord, Dis Timber Gotta Roll!) 指揮:北村 協一 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「Zigeunermelodien(ジプシーの歌)」 1)Mein Lied ertönt, ein Liebespsalm,(我が歌声響く、愛の讃歌) 2)Ei, wie mein Triangel(どうだい、俺のトライアングルは!) 3)Rings ist der Wald so stumm und still,(まわりの森は静まりかえり) 4)Als die alte Mutter(かつて年老いた母が) 5)Reingestimmt die Saiten!(弦をととのえよ!) 6)In dem weiten, breiten,(軽やかな麻の服を着れば) 7)Darf des Falken Schwinge(鷹の翼はタトラの峠を廻って) 作曲:A. Dvořak 編曲:福永 陽一郎 指揮:畑中 良輔 Pf:谷池 重紬子 早稲田大学グリークラブ 男声合唱のための組曲「若人の歌」(男声版初演) 1)風 2)貝 3)草 作詩:中沢 昭二 作曲・Pf:佐藤 眞 指揮:宇野 功芳 合同演奏 オペレッタ「メリー・ウィドウ」より 1)ハンナの登場とアンサンブル 2)ダニロの登場の歌 3)マーチ 4)ロマンス 5)ヴィリアの歌 6)ワルツ~フィナーレ 7)(マーチ/アンコール) 作曲:F. レハール 編曲:北村 協一 訳詩:野上 彰 指揮:松尾 葉子 Pf:鈴木 織衛 独唱:加藤 千春 Vl:浅井 万水美 アンコール ジプシー・ソング(カルメンより) ステージストーム 1)同志社 :Beati Mortui 2)関西学院:U Boj 3)慶應義塾:Slavnostní sbor 4)早稲田 :斎太郎節 <第43回東西四大学合唱演奏会(1994/06/24 大阪フェスティバルホール)> 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「Lieder eines fahrender Gesellen さすらう若人の歌」 1)Wenn mein Schatz Hochzeit macht 2)Ging heut' Morgen über's Feld 3)Ich hab' ein glühend Messer 4)Die zwei blauen Augen von meinen Schatz 作詩・作曲:Gustav Mahler 編曲:福永 陽一郎 指揮:畑中 良輔 Pf:谷池 重紬子 関西学院グリークラブ 男声合唱とピアノのための「花に寄せて」 1)Ⅰ たんぽぽ 2)Ⅱ ねこじゃらし 3)Ⅲ しおん 4)Ⅳ つばき・やぶかんぞう・あさがお 5)Ⅴ てっせん・どくだみ 6)Ⅵ みょうが 7)Ⅶ ばら・きく・なずな -母に捧ぐ- 作詩:星野 富弘 作曲:新実 徳英 指揮:北村 協一 Pf:浅井 康子 早稲田大学グリークラブ 男声合唱組曲「水のいのち」 1)雨 2)水たまり 3)川 4)海 5)海よ 作詩:高野 喜久雄 作曲:高田 三郎 指揮:小林 研一郎 Pf:久邇 之宜 同志社グリークラブ 「大作曲家による東ヨーロッパ民謡」 1)NÉGY RÉGI MAGYAL NÉPDAL(曲:Béla Bartók) 2)NÉPDAL(曲:Kodály Zoltán) .Esti Dal .Jelenti Magát Jézus .Katonadal 3)DREI SLOWAKISCHE VOLKSLIEDER(曲:Eugen Suchon) .Was geschan denn Neues .Weit in den Bergen .Hej, dziny, dziny, dom 指揮:本山 秀毅 Tp:竹森 健二 Perc:小川 真由子 合同演奏 「アメリカの懐かしい歌」 1)Oh, Shenandoah 2)Little Brown Jug 3)Carry me back to old Virginy 4)De Camptown Races 5)When The Saints Go Marchin' in 6)Now Is The Hour 編曲・指揮:石丸 寛 ステージストーム 1)慶應義塾:Slavnostní sbor 2)関西学院:U Boj 3)早稲田 :斎太郎節 4)同志社 :O Sacrum Convivium <第44回東西四大学合唱演奏会(1995/06/07 昭和女子大学人見記念講堂)> 同志社グリークラブ 男声合唱組曲「御誦」 1)ガラサ道 2)アヴェ・マリア 3)蓑踊 4)獅子の泣き歌 5)御誦 作曲・詩:大島 ミチル 指揮:黒岩 英臣 Pf:久邇 之宜 独唱:井上 和世 Perc:小川 真由子、南雲 和佳菜 早稲田大学グリークラブ 男声合唱組曲「五つのラメント」 1)十字架 2)さようなら一万年 3)天のベンチ 4)オーボエの雲 5)Volga 作詩:草野 心平 作曲:廣瀬 量平 指揮:栗山 文昭 関西学院グリークラブ 男声合唱組曲「白き花鳥図」 1)黎明 2)数珠かけ鳩 3)白牡丹 4)鮎鷹 5)老鶏 6)白鷺 作詩:北原 白秋 作曲:多田 武彦 指揮:北村 協一 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 男声合唱とピアノのための「祈りの虹」 1)"炎"より(峠 三吉) 2)"業火"より(金子 光晴) 3)Vocalise 4)"ヒロシマにかける虹"より(津田 定雄) 作曲:新実 徳英 指揮:畑中 良輔 Pf:谷池 重紬子 合同演奏 「Missa Mater Patris」より 1)Kyrie 2)Gloria 3)Credo 4)Agnus Dei 作曲:Josquin des Prez 編曲・指揮:皆川 達夫 アンコール 「インスブルックよ さようなら」 ステージストーム 1)同志社 :In That Great Gettin' Up Mornin' 2)早稲田 :斎太郎節 3)関西学院 :U Boj 4)慶應義塾 :Ave Maria(J.Alkadelt) <第45回東西四大学合唱演奏会(1996/06/30 大阪フェスティバルホール)> 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 男声合唱組曲「東京景物詩」 1)あらせいとう 2)カステラ 3)八月のあひびき 4)初秋の夜 5)冬の夜の物語 6)夜ふる雪 作詩:北原 白秋 作曲:多田 武彦 指揮:畑中 良輔 同志社グリークラブ 男声合唱のための「季節へのまなざし」 1)ひらく 2)のびる 3)みのる 4)ゆめみる 作詩:伊藤 海彦 作曲:荻久保 和明 指揮:小泉 ひろし Pf:長田 育忠 早稲田大学グリークラブ 「コダーイ男声合唱曲集」 1)A SZABADSÁG HIMNUSZA(La Marseillaise:自由の国歌) 2)ESTI DAL(夕べの歌) 3)HUSZT(フスト) 4)KIT KÉNE ELVËNNI(誰と結婚しよう?) 5)NEMZETI DAL(国民の歌) 作曲:Kodály Zoltán 指揮:松岡 究 関西学院グリークラブ 「CHANTS D'AUVERGNE(オーヴェルニュの歌)」 1)BAÏLÈRÔ(バイレロ) 2)CHUT, CHUT(静かに) 3)BREZAIROLA(こもり歌) 4)LOU COUCUT(かっこう) 5)PASSO PEL PRAT(牧場を通っておいで) 原作曲:Joseph Canteloube 編曲・指揮:北村 協一 Pf:藤田 雅 合同演奏 「スウェーデン・ロマン派の合唱」 1)Finsk Idyll(フィンランドの抒情/曲:Wilhelm Peterson-Berger) Ⅰ.Kör och solo Ⅱ.Solokvartett och kör Ⅲ.Kör och solo 2)Kung Liljekonvalje(谷間の百合/曲:David Wikander) 3)Ett bondbröllop(田舎の婚礼/曲:Aug. Söderman) Ⅰ.Bröllops-Marsch(行進曲) Ⅱ.I Kyrkan(教会) Ⅲ.Önskevisa(希望の歌) Ⅳ.I Bröllopsgården(祝典の庭) 指揮:松原 千振 Br独唱:広瀬 康夫 アンコール El Carbon(コロンビア民謡) ステージストーム 1)慶應義塾:Slavnostní sbor 2)同志社 :Set down Servant 3)早稲田 :斎太郎節 4)関西学院:U Boj <第46回東西四大学合唱演奏会(1997/06/22 昭和女子大学人見記念講堂)> 関西学院グリークラブ 「黒人霊歌」 1)Set Down Servant! 2)Steal Away 3)If I got my ticket, can I ride? 4)De Animals A-Comin' 5)Do-don't touch-a my garment 6)Wade In De Water 7)In dat great gittin' up mornin' 指揮:北村 協一 独唱:広瀬 康夫 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「CHANTS D'AUVERGNE(オーヴェルニュの歌)」 1)BAÏLÈRÔ(バイレロ) 2)CHUT, CHUT(チュ・チュ) 3)BREZAIROLA(子守歌) 4)LOU COUCUT(かっこう) 5)PASSO PEL PRAT(牧場を通っておいで) 作曲:Joseph Canteloube 編曲:北村 協一 指揮:畑中 良輔 Pf:谷池 重紬子 コール・アングレ:浅岡 克則 同志社グリークラブ 「DISSEMINATION ~20世紀のアメリカ合唱曲から~」 1)Cry Out and Shout 2)Tarantella 3)Alleluia 4)A Stopwatch and An Ordenance Map 5)Zion's Walls 指揮:本山 秀毅 Pf:長田 育忠 Timp:越川 雅之 早稲田大学グリークラブ 男声合唱組曲「青いメッセージ」 1)月蝕と花火 序詩 2)青イ花 3)婆さん蛙ミミミの挨拶 4)秋の夜の会話 5)サリム自伝 6)ごびらっふの独白 作詩:草野 心平 作曲:高嶋 みどり 指揮:鈴木 成夫 Pf:山内 知子 合同演奏 男声合唱組曲「富士山」 1)作品第壹 2)作品第肆 3)作品第拾陸 4)作品第拾捌 5)作品第貳拾壹 作詩:草野 心平 作曲・指揮:多田 武彦 アンコール 男声合唱組曲「草野心平の詩から・第三」より「宇宙線驟雨のなかで」 (詩:草野 心平/曲:多田 武彦) ステージストーム 1)関西学院:U Boj 4)慶應義塾:Slavnostní sbor 3)同志社 :Soon Ah Will Be Done 2)早稲田 :斎太郎節 <第47回東西四大学合唱演奏会(1998/06/27 大阪フェスティバルホール)> 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 男声合唱組曲「月光とピエロ」 1)月夜 2)秋のピエロ 3)ピエロ 4)ピエロの嘆き 5)月光とピエロとピエレットの唐草模様 作詩:堀口 大學 作曲:清水 脩 指揮:畑中 良輔 関西学院グリークラブ フランスの詩による男声合唱曲集「月下の一群」 1)小曲(詩:フィリップ・シャヴァネックス) 2)輪踊り(詩:ポール・フォール) 3)人の云ふことを信じるな(詩:フランシス・ジャム) 4)催眠歌(海よ)(アンドレ・スピール) 5)秋の歌(ポール・ヴェルレーヌ) 作曲:南 弘明 訳詩:堀口 大學 指揮:北村 協一 Pf:藤田 雅 早稲田大学グリークラブ 「さすらう若人の歌」 1)Wenn mein Schatz Hochzeit macht ~君がとつぐ日 2)Ging heut Morgen über's Feld ~露しげき朝の野べに 3)Ich hab' ein glühend Messer ~灼熱せる短刀もて 4)Die zwei blauen Augen ~君が青きひとみ 作詩・作曲:Gustav Mahler 編曲:福永 陽一郎 指揮:小林 研一郎 Pf:久邇 之宜 同志社グリークラブ 男声合唱組曲「雪と花火」 1)片恋 2)彼岸花 3)芥子の葉 4)花火 作詩:北原 白秋 作曲:多田 武彦 指揮:浅井 敬壹 合同演奏 ロシア革命詩人による "十の詩曲" より「六つの男声合唱曲」 1)雄々しく進もう 3)死刑の戦士 4)怒りの日 5)鎮魂歌 6)歌 (第2曲:「果てなき荒野」は指揮者の意向により演奏せず) 作曲:D. Shostakovitch 訳詩:安田 二郎 編曲・福永 陽一郎 指揮:浅井 敬壹 アンコール 最上川舟歌 ステージストーム 1)慶應義塾:Slavnostní sbor 2)関西学院:U boj 3)早稲田 :斎太郎節 4)同志社 :PSALM 詩篇98 <第48回東西四大学合唱演奏会(1999/06/27 昭和女子大学人見記念講堂)> 同志社グリークラブ 「トルミス男声合唱作品より」 1)MARDILAULUD(マルッティの歌) 2)HELLETUSED(幼き日の思い出) エストニア民謡/作曲:V. Tormis 指揮:松原 千振 独唱:野本 英里 早稲田大学グリークラブ 男声合唱とピアノのための組曲「ハレー彗星独白」 1)弥生人よ きみらはどうして 2)竹林孵卵 3)ハレー彗星独白 4)ララバイ 作詩:大岡 信 作曲:鈴木 輝昭 指揮:栗山 文昭 Pf:須永 真美 関西学院グリークラブ 男声合唱曲集「壁きえた」 1)アルデバラン 2)就職 3)ぶどうとかたばみ ~ボスニア・ヘルツェゴヴィナに~ 4)二十歳 5)壁きえた 6)北のみなしご 7)春 8)北極星の子守歌 作詩:谷川 雁 作曲:新実 徳英 指揮:北村 協一 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「ロッシーニ歌曲集」 1)L'invito(誘い) 2)Ave Maria(アーヴェ・マリア) 3)Duetto buffo di due gatti(猫の二重唱) 4)L'ultimo ricordo(最後の思い出) 5)La danza(ダンス) 作曲:G. Rossini 編曲・指揮:佐藤 正浩 Pf:藤田 雅 合同演奏 無伴奏男声合唱のための「幻の雪」 1)冬の稲妻 2)雪月花 3)子守歌 4)幻の雪 5)ゆき 作詩:草野 心平 作曲・指揮:荻久保 和明 アンコール 男声合唱組曲「IN TERRA PAX ~地に平和を~」より 「ほうけた母の子守歌」(詩:鶴見 正夫/曲:荻久保 和明) ステージストーム 1)同志社 :Ave Maria(曲:F. Biebl) 2)早稲田 :斎太郎節 3)関西学院:U Boj 4)慶應義塾:Slavnostní sbor <第49回東西四大学合唱演奏会(2000/07/2 ザ・シンフォニーホール)> 早稲田大学グリークラブ 男声合唱組曲「五つのラメント」 1)十字架 2)さようなら一万年 3)天のベンチ 4)オーボエの雲 ~十二歳の小林明子さんにおくる~ 5)Volga ~タシケント・モスクワの機上にて~ 作詩:草野 心平 作曲:廣瀬 量平 指揮:松岡 究 同志社グリークラブ 「Gustav Holst Six Choruses」 1)GOOD FRIDAY 2)INTERSESSION 3)A LOVE SONG 4)DRINKING SONG 5)BEFORE SLEEP 6)How Mighty are the Sabbaths 作詩:Helen Waddell 作曲:Gustav Holst 指揮:本山 秀毅 弦楽合奏:セント・ポール チェンバーオーケストラ 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 Reynaldo Hahnによる<恍惚のとき> 1)L'Heure exquise(恍惚のとき) 2)Mai(五月) 3)D'Une Prison(牢獄から) 4)Paysage(景色) 5)Si mes vers avaient des ailes(私の詩に翼があったなら) 作曲:Reynaldo Hahn 編曲:北村 協一 指揮:畑中 良輔 Pf:谷池 重紬子 関西学院グリークラブ 「20世紀アメリカのうた」 1)The Pasture(詩:Robert Frost/曲:Randall Thompson) 2)Stopping by Woods on a Snowy Evening(詩:Robert Frost/曲:Randall Thompson) 3)'if you can't eat you got to'(詩:e.e. cummings/曲:Leonard Bernstein) 4)Take Care of This House(詩:Alan Jay Lerner/曲:Leonard Bernstein) 5)Stomp Your Foot!(詩:Horace Everett/曲:Aaron Copland) 6)The Promise of Living(詩:Horace Everett/曲:Aaron Copland) 指揮:広瀬 康夫 Pf:高橋 三千 合同演奏 男声合唱組曲「水のいのち」 1)雨 2)水たまり 3)川 4)海 5)海よ 作詩:高野 喜久雄 作曲:高田 三郎 指揮:須賀 敬一 Pf:中村 有木子 アンコール やわらかに(詩:石川 啄木/編曲:須賀 敬一) ステージストーム 1)早稲田 :斎太郎節 2)同志社 :The Lord Is My Shepherd ~詩篇23より 3)慶應義塾:Slavnostní sbor 4)関西学院:U Boj <第50回東西四大学合唱演奏会(2001/07/01 昭和女子大学人見記念講堂)> 関西学院グリークラブ 「20世紀イギリスのうた」 1)Drinking Song (Back and side go bare) 2)Bushes and Briars 3)The Ballad of Little Musgrave and Lady Barnard 作詩:Johm Still ほか 作曲:Ralph Vaughan Williams Edward Benjamin Britten 指揮:広瀬 康夫 Pf:島田 稔也 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「日本の笛」 1)祭りもどり 2)搗布とたんぽぽ 3)親船子船 4)あの子この子 5)ぬしは牛飼 6)びいでびいで 7)追分 8)夏の宵月 9)山は雪かよ 10)ちびツグミ 11)野焼のころ 作詩:北原 白秋 作曲:平井 康三郎 指揮:畑中 良輔 Pf:谷池 重紬子 Fl:三村 友希 早稲田大学グリークラブ 「PAPALAGI ~はじめて文明を見た南海の酋長ツイアヴィの祈り~」 1)大地 2)夢・文明の 3)フオノ(祭り) 4)祈り・ツイアヴィの 5)天へ・大いなる心 作詩:秋山 七海 作曲:大島 ミチル 指揮:堀 俊輔 Pf:小林 万里子、 浅野 菜生子 同志社グリークラブ 男声合唱組曲「クレーの絵本 第2集」 1)黒い王様 2)ケトルドラム奏者 3)黄金の魚 4)まじめな顔つき 5)死と炎 作詩:谷川 俊太郎 作曲:三善 晃 指揮:本山 秀毅 合同演奏 男声合唱とピアノのための「祈りの虹」 1)"炎"より(峠 三吉) 2)"業火"より(金子 光晴) 3)Vocalise 4)"ヒロシマにかける虹"より(津田 定雄) 作曲・指揮:新実 徳英 Pf:中川 俊郎 アンコール 男声合唱とピアノのための「われもこう~白いうた 青いうた」より 1)火の粉 2)卒業 作詩:谷川 雁 作曲:新実 徳英 ステージストーム 1)関西学院:U Boj 2)慶應義塾:Slavnostní sbor 3)同志社 :Periti autem 4)早稲田 :斎太郎節 <第51回東西四大学合唱演奏会(2002/06/30 ザ・シンフォニーホール)> 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「淡彩抄」(男声合唱版初演) 1)泡 (詩集「秋に見る夢」中「風信子」より) 2)蛍 (詩集「風・光・木の葉」中「傷心幽情」より) 3)入墨子 (「大木惇夫抒情詩集」中「その三」より) 4)涼雨 (詩集「風・光・木の葉」中「傷心幽情」より) 5)別後 (詩集「秋に見る夢」中「風信子」より) 6)燈火 (詩集「秋に見る夢」中「愛日集」より) 7)天の川 (詩集「風・光・木の葉」中「古風の窓」より) 8)蜜柑 (詩集「秋に見る夢」中「秋に見る夢」より) 9)鷺 (詩集「秋に見る夢」中「愛日集」より) 10)春近き日に(「大木惇夫抒情詩集」中「その一」より) 作詩:大木 惇夫 作曲:別宮 貞雄 編曲:北村 協一 指揮:畑中 良輔 Pf:谷池 重紬子 関西学院グリークラブ 「Schubertiad ~シューベルトのパートソングより~」 1)Die Einsiedelei(詩:Johann Gaudenz von Salis-Seewis) 隠遁 2)Wehmut(詩:Heinrich Hüttenbrenner) 悲しみ 3)Dessen Fahne Donnerstürme wallte(詩:Friedrich von schiller) 彼の旗は雷鳴の嵐にひるがえり 4)Gesang der Geister über den Wassen(詩:Johann Wolfgang von Goethe) 水上の霊の歌 5)Lied im Freien(詩:Johann Gaudenz von Salis-Seewis) 戸外の歌 作曲:Franz Peter Schubert 指揮:太田 務 早稲田大学グリークラブ 男声合唱とピアノのための「かみさまへのてがみ」 1)かみさまへのてがみ 2)わたしはあんしんです 3)てんごくってどんなかんじ Ⅰ 4)てんごくってどんなかんじ Ⅱ 5)終曲 訳詩:谷川 俊太郎 作曲:高嶋 みどり 指揮:高嶋 昌二 Pf:藤澤 篤子 同志社グリークラブ 男声合唱とピアノのための「三つの時刻(とき)」 1)薔薇よ(一日集:朝暾章より) 2)午後 (一日集:夕映章より) 3)松よ (一日集:忌日章より) 作詩:丸山 薫 作曲:三善 晃 二群の男声合唱とピアノのための「路標のうた」 作詩:木島 始 作曲:三善 晃 指揮:本山 秀毅 Pf:船橋 美穂 合同演奏 「Messe in B Op.172」 1)Kyrie 2)Gloria 3)Ave Maria 4)Credo 5)Sanctus 6)Benedictus 7)Agnus Dei 作曲:Rheinberger Joseph Gabriel 指揮:藤井 宏樹 Org.:大竹 久美 ステージストーム 1)慶應義塾:Slavnostni Sbor 2)関西学院:U Boj 3)早稲田 :斎太郎節 4)同志社 :八木節 <第52回東西四大学合唱演奏会(2003/06/29 東京文化会館大ホール)> 同志社グリークラブ 「5月の歌 ~ドイツ・ロマン派の男声合唱曲より~」 1)Im Sommer ~夏に~ (詩:J.W.v. Goethe、Joh.Georg Jacobi/曲:Hugo Wolf) 2)Geistesgruß ~霊の挨拶~ 詩:J.W.v. Goethe/曲:Hugo Wolf) 3)Mailied ~5月の歌~ (詩:J.W.v. Goethe/曲:Hugo Wolf) 4)Der Tanbour ~少年鼓手~ (詩:Eduard Möerike/曲:Hugo Distler) 5)Wir zogen in das Feld ~われらは野を行く~ (詩:Georg Foster/曲:Joh.Nep. David) 6)Der alte Soldat ~年老いた兵士~ (詩:Joseph von Eichendorff/曲:Peter Cornelius) 指揮:本山 秀毅 早稲田大学グリークラブ 男声合唱とピアノのための「新しい歌」 1)新しい歌(詩:Fedirico García Lorca/訳詩:長谷川 四郎) 2)うたをうたうとき(詩:まど みちお) 3)きみ歌えよ(詩:谷川 俊太郎) 4)鎮魂歌へのリクエスト(詩:Langston Hughes/訳詩:木島 始) 5)一詩人の最後の歌(詩:Hans Christian Andersen/訳詩:山室 静) 作曲:信長 貴富 指揮:仁階堂 孝 Pf:林 理恵子 関西学院グリークラブ 「コチャール・ミクローシュ宗教曲集」 1)O vos omnes おお、すべての人よ 2)Ave Maria アヴェ・マリア 3)O magnum misterium おお、大いなる神秘 4)Cantate Domino 主に向かって歌え 5)Salve Regina 栄えあれ、女王よ 作曲:Cocsár Miklós 指揮:太田 務 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 「Liebeslieder」 1)Rede, Mädchen, allzuliebes! 口を利いておくれ、とても愛らしい娘さん 2)Am Gesteine rauscht die Flut, 満潮の波が岩にくだけてどよめいている 3)O die Frauen, wie sie Wonne, Wonne Tauen! ご婦人方、あなた方はなんと無上の歓びをしたたらすことか 4)Sieh; Wie ist die Welle Klar, ごらん、なんと澄んでいる波 5)Nachtigall, Sie singt so schön, wenn die Sterne funkeln. 星がきらめく頃、ほととぎすが美しい歌を歌っている 6)Ein dunkeler Schacht ist Liebe, 恋はうす暗いたて穴のようなもの 7)Wenn so lind dein Auge mir unt so lieblich schauet あなたの目が、それほどやさしく、それほど愛らしく私をみてくれたら 8)Ein Kleiner, hübscher Vogel nahm den Flug zum Garten hin, 小さなかわいい鳥が庭園の方に飛んでいった 9)Am Donaustrande, da steht ein Haus, ドナウのほとりに一軒の家が立っていた 10)Nein, es ist nicht auszukommen mit den Leuten; だめだ、あの人達とは旨くやっていけない 11)Schlosser auf, und mache Schlösser 錠前屋さん、起きて、錠前をつくって 12)Zum Schluß 終わりに 作詩:Georg Friedrich Daumer, Johann Wolfgang von Goethe 作曲:Johannes Brahms 編曲:福永 陽一郎 指揮:畑中 良輔 Pf:久邇 之宜、前田 勝則 合同演奏 「バーバーショップコーラスの世界」 1)(WHEN IT’S) DARKNESS ON THE DELTA(編曲:SPEBSQSA Inc.) 2)YOU’LL NEVER WALK ALONE(編曲:Jim Clancy) 3)JOSHUA FIT THE BATTLE OF JERICHO(編曲:David Wright) MC・指揮:広瀬 康夫 アンコール SOUND CELEBRATION(編曲:Tom Gentry) ステージストーム 1)同志社 :Cry Out and Shout(曲:Knut Nysledt) 2)早稲田 :斎太郎節 3)関西学院:Beati Mortui(曲:Felix Mendelssohn ) 4)慶應義塾:WITH A SONG IN MY HEART (詩:Lorenz Hart/曲:Richard Rodgers/編:Jim Clancy) <作成にかかる留意点> 1)各CD-Rとも、インデックスは曲頭だけでなく、場内アナウンス及び指揮者入場時の拍手が長い場合にも割り当てている。 2)オリジナル音源では、一般的に場内アナウンスや拍手の音量が演奏に比べて大きいことがあるため、これらは場合によって、演奏より10~20dB程度レベルを落として録音した。 3)各演奏会での録音レベルは制作会社によってまちまちであるが、それぞれの演奏ステージでのピーク音量をDAT録音側で約-0dBとなるように設定した。(従って演奏する団体の実際の声量に拘わらず、本CD-R集での各演奏ステージの再生最大音量は、ほぼ同じレベルとなる。) Turn Table YAMAHA GT-2000 Cartridges Stereo = DENON DL-103C1, DL-103R & Audio-technica AT33PTG Monoural = Audio-technica AT-MONO3/LP Open-Reel Tape Deck Technics RS-1500U Graphic Equalizer Technics SH-8065 DAT Recorder Pioneer D-05 & Sony DTC-ZA5ES ( Sampling = 48kHz ) CD Recorder Pioneer PDR-D7 CD Player DENON DCD-1650GL Amplifier Sansui AU-α607LE Head-phones Sony MDR-CD2500 & Audiotechnica ATH-W1000
古賀ちゃん、とうとうやったよ~(涙)
山古堂本舗が総力を挙げて取り組んできた東西四連ライブ記録デジタル化プロジェクトが、ついに完結した。
アナログ音源からのデジタル化が第10回~第36回でCD49枚、CD時代の音源が第37回~第52回迄でCD33枚、堂々のCD82枚組である。
以下、やや長文になるがお目こぼし頂き、おつきあい願いたい。
とにかく足掛け17年、デジタル化作業だけでも5年である。大変であった。音源の発掘からデジタル化作業、そしてそれらにかかった費用(笑)。
普通ならハナから手を出さないような巨大プロジェクトなのだが、やはり自分が一番欲しい音源集でもあり、男声合唱ストーカーを自認していることもあり、文化的価値も歴史的価値もあると思うしで、結局は初志貫徹、ついに現存する限りの音源を網羅した「東西四大学合唱演奏会ライブ記録全集」としてひと区切りをつける事が出来た。
いや、本当に大変であった。
……いやいや、まだこれから東京六連全集や早稲田グリー定演全集の作成が待っている。
そもそものきっかけは山古堂主人の現役時代にあって、早稲田グリーの部室に保管されていた数枚のレコードを、個人的ライブラリとしてカセットテープにダビングするところから始まったのだが、その後の民生用デジタル機器の進歩や、古い音源をお持ちの諸先輩と親しくさせて頂く機会を得た事もあり、網羅的に音源が集まりそうだ/この際だからデジタルデータで全集化しちまおう/そもそも今を逃したらオリジナル音源が散逸して、二度と入手出来なくなるかも知れない/更にはこういう音源集が、人数減少に喘ぐ現代の東西四連各団の現役諸君にとって何らかの役に立つかも知れない、と考えたのである。
そうは言いつつも相応の困難は予想出来たから、期限も定めず時間をかけてやっていこう、と思っていた。そういう意味では、全集化を決意したのが1999年だから、今年で53回を数える東西四連の舞台を踏んだ者は数あれど、その音源を整備するという誰もやった事のない前人未到の作業を実質5年間で制覇したのは、まさにワタシの努力と睡眠時間と投入資金の結晶と言って良い(笑)
実際は、東西四連のデジタル化のみに注力すればもっと早く完成したのであろうが、音源収集の過程で、東京六連・関西六連・各団体の定期演奏会・海外の伝説的な男声合唱団、しまいには戦前のSP、日本女子大による三善晃作曲「三つの抒情」初演(1962)等々、興味の尽きない音源が次々と発掘された事や、音源をお借りした方から「これもついでに宜しく」と、これまた男声合唱に限らないヨダレものの音源のデジタル化を委託されたりして、結局全方面作戦を取らざるを得なくなってしまったのである。
いずれにせよ、演奏団体たるもの、演奏会プログラムや百年史のような書き物も重要だが、そういう書き手の主観がいくらでも込められるようなものではなく、やはり客観的な音の記録がなければ面白くない。
とにかく、オープンリールやレコードといった形で記録を残す事が出来るようになったのが約50年前からであって、その頃に現役であった先輩方のお年を考えると、もう今しかない! というタイミングでもあった。
結果、そういった妙齢(笑)の先輩方よりレコード原盤提供を御快諾頂くなど、音源の収集自体は予想以上に順調に行ってしまい、むしろデジタル化作業で喘ぐ結果となってしまった。
だが、わずかずつ進むデジタル化作業では、都度新しい発見や驚きの連続であった。
例えば、男声合唱の黄金期は1980年代、と理解されている方は多いと思うが、いやいやそうではない。
確かに演目の多様さや市販レコードの多さなど、日本の大学男声合唱全体としては是とする部分もあるが、1960年代の同志社140人時代、同じく1960年代の早稲田170人時代、1970年代の慶應ワグネルなどは各団史上で最強ともいうべきライブ演奏記録を残しているし、何より、1970年代までは人数こそ少なかった関学だが、合唱コンクールで戦前3連覇・戦後6連覇(実際は招待演奏を挟んで8連覇)の偉業を達成するなど、演奏の精密さは50年前に完成されていて、もはや重要無形文化財の域である。
時の流れに比例して演奏レベルも向上している訳では、必ずしもないのである。そんなことで、発掘された出土品の中には名演と言うべき記録がゴロゴロしているのであって、そうなると、意地でも高音質で後世に伝えたいと思うではないか!
が、言うは易し。デジタル化は、高音質にこだわる限り、そうたやすいものではない。
その辺で売っているお手軽なレコードプレイヤーをパソコンのサウンドカードに
つないでwav録音する、なんて事では、私を含めた演奏者達に対し誠に以って失礼千万である。
ということで、自称オーディオマニアの意地にかけて所有する機材をフルに使いこなし、それでも足りなければ出費を惜しまずに補強する、という暴挙に踏み
切った。例えば、この東西四連のためではないが、SPレコード再生のため、将来どんな規格外のSPが見つかっても良い様に16~96回転まで対応出来るターンテーブルを購入したことなどが暴挙の好例である。
レコードの場合、年季の入ったものが多いから、カビや埃は当然として、傷や反りなど、入手したレコードの状態はいろいろであった。
加えて制作業者によって出来具合が全く違うからタチが悪い。
極力良い音質で残したいから、状態の悪いレコードの場合は別のつてを頼ってなるべく状態の良い盤を見つけ出し、あるいはクリーニングの方法を変え、あるいはマッチングの最適なレコード針やトーンアームのセッティングを探り、盤質の調整を行い、最適な録音レベルを割り出すなど、レコード片面の処理に平均でも3時間以上かかっている。
アナログの恐ろしいのは、手を入れれば入れるほど音質にはっきりとした差が出てくるところであって、一旦デジタル化したレコードであっても、再生機器のベストセッティングやコンディショニングが後日に判明したり、更に盤質の良いレコードが見つかったりで、またも片面数時間かけて再録音する、ということもしばしばあった。
オープンリールは更に大変であった。経年劣化がレコードの比ではない。
「腐食」と言っても良い。
テープはベースフィルム・バインダー(接着剤)・磁性体(記録層)から成っているが、カビや埃はもちろん、テープの長年の吸湿等による膨張収縮や劣化から生じるワカメ現象や、バインダー自体の溶剤分の蒸発や変質等によってベースフィルムから磁性体が剥離したり、巻き取られたテープ同士が接着されてしまってい
たり、ちょっとテンション(張り)をかけただけでテープが切れてしまったり、更には昔セロファンテープなどという最悪な道具で修復した部分などがベタベタになっていたりで、難問の続出であった。磁性体の剥離が激しく、再生するたびに明らかな音質劣化が生じ、青ざめた事もある。
これらのテープも、グラフィックイコライザーを通して最適な再生音を探り、時にはあまりに劣化が激しすぎて何度も再生する事が出来ないと判断し、凄愴の気合で一発デジタル録音とする場合もあった。
上記のようにまずアナログ音源からありったけの情報を引き出してDATに落とし、インデックスを付番して、DATデッキからデジタルケーブルで接続したオーディオ用CDレコーダーでCDマスターを制作するのである。
CDマスター1枚の制作に10時間はかかる。
それだけの手間と時間を第10回から第36回までの計49枚に費やしたのである。
だが、そういう難行苦行の末に聞こえて来る歌声は、ありきたりな言い方だが、その演奏に携わった当時の団員達の努力や誇り、数ヶ月かけた練習から当日あっという間の本番終了までの喜怒哀楽を、瑞々しく現代に運んでくれるのである。
ここには、実に、もう二度と成しえないであろうという最高レベルの演奏記録がいくつもある。
エール交換からいきなり各団の散らす華々しくも強烈なプライドの火花が見え、待機する舞台袖で心底から「あいつら、凄ぇ!」と唸ってしまうような他団の演奏を目の当たりにし、誇らしげに舞台を降りてくる奴等の顔に「負けてなるものか!」と、栄養ドリンク(特に早稲田) とアドレナリンの入り交じった血液を身体中に巡らせて舞台に立ち、全身全霊をかけて歌い、、、。そして客席からの拍手を浴びてすっかり上機嫌になり、演奏会が終わった後には強烈な共感と仲間意識と徹夜の大騒ぎがある。
卒団してしまったら二度と味わう事の出来ない世界がある。
その追憶の想いを込め、徹底的に高音質にこだわり、丹精と睡眠不足を込めてデジタル化したこの東西四連全集は、決して大袈裟では無く、また身内の贔屓でも無く、「大学男声合唱の大河ドラマ」とも言うべき音源集である。
残念ながら著作権や版権等々の複雑な権利関係が整理出来ないから、市販することは叶わないが、もし幸運にも聴くことが叶った方は、是非三日前から魚肉を避け水浴して身を清め正座して香を焚き心身ともに落ち着き充実した状態でお聴き頂きたい(嘘)。
なお、東西四連全集とは言いながら、録音のなされていない第9回以前はやむなしとして、第11回、第12回、第15回のように、録音されている可能性はあるが音源が見つからなかった演奏会がある。この1960年代は気軽にレコードを制作出来る状況になく、録音したマスターテープを幹事校が保管する取り決めであり、求めに応じて四団の中で貸し借りをしていたという経緯があるので、もしかしたら慶應ワグネル・関西学院グリー・同志社グリーでそれぞれ創団百周年記念の一環で進められている、音源デジタル化保全プロジェクトの過程で発見される可能性のあることを付言しておく。
また、第37回(1988)以降は最初からCDで制作されているのだが、驚いたことに現役各団にはCD時代となった1990年前後の録音すら保管されていないケースもある。
現実に山古堂でも、第38回~第44回という最近の音源を収集するのに思わぬ苦戦を強いられたりした。
各CDの簡易ジャケットに簡単なコメントを付しているが、極力正確性・客観性を心がけたものの、情報収集の不足が否めない部分も多々あるので、事実誤認があるようであれば御一報頂きたい。
第40回(1991)以降の演奏についてはコメントを控えているが、当方の認識においてはこの第40回が発声・音楽の創り方・選曲などの大きな転換の始点であり、これ以降の演奏についてそれ以前の評価基準を当てはめるべきではないと判断したことが、コメントを控えた理由である。
特に昨今は、1980年代の演奏スタイルを、ともすれば「恐竜時代」として不当にけなす現役・若手OBも多く、他方、1990年代中盤以降の学生合唱の演奏スタイル、特に薄い声作りについて、往時と比較し誠に手厳しい評価を下すOBも多い、という、双方相容れない時期であるので、なお更その感を強くしている。
従い、1990年代以降についてはもう暫くして、少なくとも1980年代から2000年代までを俯瞰的に見た、歴史的評価ともいうべきものが定まってから、当時の関係者に語って頂くのが良い。
今回の東西四連全集プロジェクトに際し、レコードの収集においては、福永暁子ママさん、山古堂代表取締役営業本部長で関学グリーOBの古賀準一君(1989)、早稲田グリーOBの加藤晴生先輩(1962)、辻田行男先輩(1962)、日和佐省一先輩(1971)、渡辺正美先輩(1976)、木村寛之先輩(1978) 細金雅彦先輩(1980)、仲村弘之先輩(1980)、佐々木豊先輩(1984)、泉澤信哉先輩(1983)、小川徹先輩(1988)に御協力頂き、長期間に渡ってレコードをお借りしました。特に日和佐先輩には当時の演奏会プログラムやこぼれ話など、多くの情報を提供頂きました。
福永暁子ママさんには東西四連のみならず、故・福永陽一郎先生の所蔵しておられた貴重な大学男声合唱のレコードをほとんど根こそぎでお借りしました。
ほとんど傷もカビも埃もなく、大切に、丁寧に扱われていた事が一目瞭然であるレコード達であり、胸熱くなる思いで聴かせて頂きました
早稲田グリー事務所で保管しているオープンリールやレコード・CDについては、早稲田グリー2002年度ライブラリアンの坂巻賢一君、2003年度ライブラリアンの吉川雅洋君に御協力を頂き、また現役で保管していなかった1990年代の一部のCDについては蓮見裕基君(1997)にお借りしました。
また、第15回東西四連の同志社グリーの演奏については、同志社グリーOBの藤田和久様(1969)の作成された復刻CDより収録させて頂きました。
この場をお借りしまして皆様に厚く御礼申し上げます。
そして、ヘッドフォンを装着してオーディオ機材に対峙し(家族に背を向け!)、休日も部屋にこもり、時には徹夜で作業している筆者に、何だかんだと言いながらも協力してくれた家族、妻・今日子と息子・玲&今年2月に生まれた悠斗にも、感謝の他はありません。
二〇〇四年五月五日 山古堂主人敬白
<資料>
東西四大学合唱演奏会ライブ記録全集 東西四大学合唱演奏会 オンステ人数推移
レコードというのは、普通は1枚しか作らないはずはなくて、制作されたからにはそれなりの枚数がプレスされ、そのうち少なからぬ枚数が残存していて(「魚がたくさん卵を産む理由」みたいですな)、場合によっては同じ演奏会のレコードでもより良い状態のものを選ぶことが出来る。
ところがオープンリールとなるとそうは行かない。つまりオリジナルは1本しかなくて、その管理が属人的だから、保管者が紛失しちまえば/ボロボロにしちまえば、それで一巻の終わり。レコードを制作せずにオープンリールだけがある演奏会は、幹事校が全て持っているか、単独ステージは各校に配ってしまったかで、その保管者がいったい誰でどうしているか、早稲田グリーの演奏分だけでも行方不明が続出なのに、まして他校の演奏なんか調べようもない。
東西四連でライブレコードが制作されていないと判明しているのは、第1~9回、第11~12回、第15回、第17~18回であり、東西四連の全録音網羅を標榜するには、これらの録音がオープンリールテープなどのプライベート録音でどこまで埋められるか、ということになる。
先に結論を記せば、第1~9回と第11回が完全に欠落、第12回が早稲田単独ステージ、第15回が同志社単独ステージが残されており、それ以外の回はオープンリールによってほぼ全容が判明する。
第1回(昭和27年/1952)~第9回(昭和35年/1960) = なし
当時のステージマネージャー等に話を聞いたところ「録音はしていない」とのことであった。
残念ながら絶望である。
第10回(昭和36年/1961)
レコード/オープンリールともデジタル化完了。
第11回(昭和37年/1962) = 未発見
この第11回は、山古堂の探索の網に全くかかってこない。早稲田グリーOBに伺ったところ「録音したかどうかちょっと記憶にない」ということなので、もしかしたら録音されていない可能性もある。
あるいは録音されているとすれば、関西での開催だったから、関西学院か同志社のいずれかが幹事校だったので、この2校のいずれかの関係者によって保管ないし所有されていたはずであり、もしかしたら関西学院なり同志社なりのOB会で進行中の音源デジタル化プロジェクトによって日の目を見るかも知れない。
・・・すいません、東西四連に限らず、連盟モノの音源探索は横の連携が取れておらず、各校バラバラなのです。
連携をお願いしても、みんなそっけない(笑)
第12回(昭和38年/1963) = 早稲田のみ発掘完了
この第12回以降の東西四連についてはオープンリールによる録音が存在するようで、少なくともそれぞれの単独ステージ分は各団に配布された可能性が高い。
早稲田大学グリークラブ事務所にて保管されていたオープンリールテープを調査したところ、第12回の早稲田単独ステージが発掘されたので、これのデジタル化は完了している。
第13回(昭和39年/1964)、第14回(昭和40年/1965) = 完了(ダイジェスト)
ダイジェストながらレコードが制作されており、デジタル化完了。
第15回(昭和41年/1966) = 同志社のみ発掘完了
この第15回も山古堂の探索の網に全くかかってこなかった。
唯一、同志社グリー単独ステージについては、同志社OBによってデジタル化されている。
第16回(昭和42年/1967) = 完了(ダイジェスト)
ダイジェストながらレコードが制作されており、デジタル化完了。
第17回(昭和43年/1968)、第18回(昭和44年/1969) = 完了
レコードは制作されていないが、エール交換から合同演奏まで全ステージ(但し第18回の慶應ステージに大きなノイズあり)が早稲田大学グリークラブ事務所にて保管されていたので、デジタル化による復刻を行う事が出来た。
第19回(昭和45年/1970)
この年以降は毎年レコードが制作されている。
以下、第12回と第15回について解説します。敬称略。
<第12回東西四大学合唱演奏会より> 昭和38年(1963)/06/23 東京文化会館大ホール
早稲田大学グリークラブ所蔵のオープンリールテープによる/モノラル
「シューマン男声合唱曲集」より
1)Der traeumende See
2)Die Minnesaenger
3)Die Lotosblume
4)Lasst Lautenspiel und Becherklang
5)Der Eidgenossen Nachtwache
6)Freiheitslied
作曲:Robert Schumann
指揮:三石精一
早稲田大学グリークラブ事務所には100巻に近いオープンリールテープがあるのだが、この第12回東西四連については、残念ながら早稲田以外の録音は無かった。
録音はモノラルだが、押入れの奥、直射日光の絶対に当たらない冷暗所(?)に放置され、誰も触れることもなかったからか、奇跡的に良い状態を保っている。
デジタル化に際して、経年劣化は生じているので、160Hzと3.15KHzを中心としてイコライジング処理を行った。
シューマンの作品が東西四連で演奏されたことは、第9回以前であれば愛唱曲として単品が演奏されたことはあろうが、第10回以降のひとステージまるまるシューマン・プログラムということでは、この早稲田のステージのほか、わずかに慶応ワグネルが3回のみ(第14回、第21回、第29回)で、それも全て「狩の歌/Jagdlieder」である。
演奏は思いのほか清楚(笑)で、縦横を揃え、変に掘っていない低声系に素直に伸びる高声系が乗り、母音も綺麗の揃えているが、その中にも早稲田らしい鳴りもあり、好演と言って良い。恐らく120名程で歌っているはず。
この端整な演奏スタイルは、この翌年の早稲田グリー第12回定期演奏会で頂点を極める。
その演奏会は178名という、コール・フリューゲルとの分裂以降で最大の人数であり、小倉朗作曲「東北地方の民謡による<七つの無伴奏男声合唱曲>」初演を含む演奏自体も、大変素晴らしいものである。
1960年代の男声合唱は、全般的に変にパート毎の音色を造り込んでおらず、従って各パートの音色に類似性があり、芯があって立ち上がりが速い、という特性を持つ。
すなわち速いパッセージでも低声系が遅れることなく、また正確なピッチで歌う限り、1980年代以降よりずっときらびやかな倍音が鳴る。
低声系がいわゆる「掘った声」「土管ベース」になったのは、東西四連の録音を聴く限り、1970年台後半の関西学院が発祥のようで、それを誤った形(いずれ解説します)で真似た団体が一様に、しかも全国的に「掘った声」になったようである。その影響は1980~1990年代のほぼ20年にわたる。
指揮の三石精一氏は、東京芸術大学指揮科卒業で、プロ指揮者デビューが昭和31年(1956)ということなので、当時は脂の乗り始めた中堅、という頃であろうか。ロマン派合唱曲に正面から取り組み、変に溜めのないなかなか素敵な解釈を聴かせている。
<第15回東西四大学合唱演奏会より> 昭和41年(1966)/06/11 大阪フェスティバルホール
第15回東西四連パンフ表紙
同志社グリークラブOB制作の音源による・オープンリールテープからの復刻/
モノラル
男声合唱組曲「月光とピエロ」
1)月夜
2)秋のピエロ
3)ピエロ
4)ピエロの嘆き
5)月光とピエロとピエレットの唐草模様
作詩:堀口 大學
作曲:清水 脩
指揮:福永 陽一郎
昨今のパソコンとCD-RWの普及によって、還暦迎えるOB世代が各団それぞれに、自身が現役であった1960年代当時の音源をCD化している。
しかしながら、これらは全くのプライヴェート盤で一部関係者のみにしか流通せず、表面には出てこない。
ここに収録した第15回東西四連の同志社ステージについても、同志社1969年卒の藤田和久氏が中心となって作成した1965-72年の演奏記録CDに収録されていたプライベートもので、やはり一部の関係者のみに流通したものである。
この音源も、オープンリールからの復刻となっている。
(なお、この復刻音源ではテープデッキ録音/再生速度で互換性の問題があったようであり、音程が半音ほど高かったので、再生速度を2.4%落とし、原調に修正。)
「月光とピエロ」が日本初の合唱組曲であり、それが音楽としていきなりこれほどシンプルで高い完成度を持っていることが、その後何人の作曲家や指揮者、そして歌い手達を悩ませてきたのか、と思う。
どの指揮者・どの団の、いつの演奏が良い、という「決定版」の話題においても、この作品の決定版となると、いわゆる「度肝を抜く演奏」というのが存在しないのである。
多少なりとも詳しい者であれば、「第30回四連の関西学院」「第38回四連の同志社」「いや、第33回東京六連の早稲田」などといった演奏が挙がってくるが、じゃあそれは決定版か? となると、やはり個人の「お気に入り」という範囲を超えない。
ここに収録したのは、当時40歳2ヶ月、バリバリ(笑)の福永陽一郎氏が、満を持して、これも当時黄金期の同志社を率いての「月ピエ」である。
常に他人と違う視点で、そしてその時代に流行している奏法と関係なく、より詩や音の核心を突かんとする福永氏のこの演奏、そしてそれに充分応えている黄金期の同志社。
「決定版」という議論に加わってしかるべきか、否か。
以下、やや脱線気味の私見ながら;
確かにこの福永&同志社の「月ピエ」には、世間一般の「月ピエ」とは異なった耳慣れない奏法やテンポ設定がある。
フレーズによっては予想だにしない荒々しさも見せる。
それすなわち、客観的に和音のタテヨコを合わせればそれで良し、という水準を超えているのである。
合唱、特に大学男声合唱で歌った経験のある諸兄、
1)
表現の限界を超えた、ほとんど聞き取れないピアニシモ
(ピアニシモを奏する行為自体に歌手聴衆とも神経が行ってしまう)
2)
小節線を越える時(4拍子なら4拍目)に重くなったり、終端にいちいちルバートをかけてダラダラと伸びきったフレーズ
(楽曲が複数のフレーズで構成されているから間延びも甚だしい)
3)
1(ドミソ)・4(ドファラ)・5(シレソ)の3和音の純化・安定化という断片ばかり指摘して練習する
(フレージングや楽曲構成を誰も把握出来ずに本番を迎える)
なんてぇ落とし穴にハマった経験はありませんか?
そんな断片的な仕込みばかりに時間をかけた演奏が舞台で展開されることの何と多いことか。
そんな演奏に飽き飽きしているからこそ、しっかりした主張の織り込まれたこの福永&同志社の「月ピエ」が山古堂主人として現時点での「決定版」なのである。(山古堂主人が福永陽一郎氏に多大な影響を受けていることがバレますね。)
そういう意味では、やはり福永氏の棒による第33回東京六連(1984)の早稲田グリーもやや近いスタイルなのですが、こちらはちょっと声を荒げてしまった演奏なので、ちょっと。
誤解無いように記します。
いずれ第30回東西四連の項で記しますが、関西学院グリーくらいに徹底して仕上げてくれば、それはそれで演奏者を超えて曲そのものを味わうことが出来ます。
第15回四連の福永&同志社の「月ピエ」を聴くまでは、山古堂主人も北村協一&関西学院の演奏に一票を投じていました。
今でも合唱団の機能を磨き抜いた演奏ということで屈指の演奏だと考えています。
他方、人間が演奏するのだから、何らかの思想や哲学を織り込んで演奏するのも当然です。要は、指揮者の個人的な見栄や自尊心やエゴが丸出しになった~~~特に学生指揮者さんが良くハマる落とし穴ですな~~~妙ちきりんで不自然な演奏を聴かされるのが嫌なのです。これは「月ピエ」に限ったことではありませんが。
蛇足。
同志社グリーは音楽の流れを掴むのが日本一上手い大学男声合唱団だと山古堂主人は確信しております。
でも大学時代は関西学院グリー・ファンクラブ会長でした。